Book

□深淵にてなお光る
1ページ/2ページ

全ての始まりは、もう何年も前の、ある晴れた日の朝のことだった。


やけに朝日が目に染みるのは、戦争の為訪れたとある海域の天候のせいかと思った。任務は支障なくこなしたものの、眼球を刺すような痛みに付き纏われ、日暮れとともに和らいだそれにほっとして眠りに就いた。ところが翌日、薄曇りで太陽が見えなかったにも関わらず、やはり異様に光が眩しく感じられた。数日後に仕事を終えその海域を出ても、いっこうに症状は改善しないまま、現在に至る。
以来、この特別製のサングラスは、就寝時以外は外していない。


末の弟は一番体格に恵まれている。
身体もデカければ声もデカイ。その声の大きさが生来の耳の悪さに由来するなんて、幼い頃は思いつきもしなかったことだ。戦場において聴覚は大事な武器のひとつだ、そもそも科学の粋を集めた我々の身体に欠陥なぞあってはならない。出来損ないは三番目の弟だけで十分だ。
ヨンジの頭部の骨には非常に小型で精巧な補聴器が埋め込まれている。


すぐ下の弟は、もともと弱視だったように思う。ずっと昔から装着しているゴーグルの存在を、こちらも改めて気に止めることはなかった。成長するにつれゆっくりと衰え始めたニジの聴力は、ヨンジのものと同型の補聴器を埋め込むことで解決した。弟たちのヘッドフォンは、補聴器を持ってしてもおれやレイジュよりやや劣る聴力をカバーする為の、集音スピーカーの役割も担っている。
プライドの高いニジは、自らの五感に二つも異常があることをひどく嫌った、と思う。それらについて兄弟同士で話したことはない。おれの目、ヨンジの耳、ニジの両方。お互い気付いてはいたが認めてはいない、何故なら我々は最高傑作だから。
国王の機嫌を損ねたくないからなのか、自分たちの科学の結晶に傷があることを公にしたくないからなのか、欠陥は科学者数人の手によってなかったことにされ、父ですら知らぬままだ。




「……なのに、何故お前は輝いて見えるのだろうな」


瑞々しい果実の色をした髪をひと掬い手繰り寄せると、細い肩が跳ねた。首から鎖骨、深く開いた胸元を這うように連なる真珠を撒いた細い鎖が音を立てる。雨に濡れた蜘蛛の巣のようなデザインは、ナミがそこから抜け出せずもがいているようでぞくぞくする。
その目に浮かぶ感情を見たいような見たくないような気持ちで、サングラスの奥で目を伏せた。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ