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□木曜日、センチメンタル昼ごはん
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あああもう。
最近ズレるようになってきたPC用の眼鏡を押し上げながら、恐るべき速さでキーを叩く。稟議書をひとつ仕上げ、確認してから上司へと送る。午前に出力しておいた個人ローンの延滞リストをチェックし、電話をかける。督促は融資係の嫌な仕事のひとつ。若い女の声だとナメられることも多々ある。大量の手形処理に追われる為替係からヘルプ要請を受け、駆り出される。お客様から電話あり、自席へ逆戻り。


「ハァ……疲れた。お腹空いたなあ」


手を洗いながら、ついトイレの鏡に映るお疲れ顔の自分にぼやいた。お昼を食べ損ねてもう14時過ぎだ。
そもそもが繁忙日なのに、新入行員がやらかした書類の印鑑の貰い忘れでお客様先に出向いて、自分の仕事が2時間押しだ。ひたすら恐縮するコビーは可哀想だし、自分だって経験してきたミスだから、怒るつもりはないけれど。


「ナミさん、何か急ぎの仕事はありますか?」
「え、いえ、今は大丈夫です」


お昼はまだかと騒ぐお腹を宥めながら席に戻ると、ブルック支店長に声をかけられる。また何事か問題が、と眉を顰めかけると、支店長は穏やかな笑みを浮かべた。


「なら良かった、ホラ覚えてます?例のカフェ。以前あなたも関わった、うちの融資先の。あそこが先週オープンしたんですよ」
「あ、はい。郵便局のそばの、坂を下って行った所ですよね」
「ええ、ランチタイムは15時までだそうです。行ってらっしゃい」




木の温もりと大きな窓からの日差しが心地良い店内にいた客は、既に常連ぽい空気を醸し出している何故かアイマスク姿のおじさまと、談笑しながらケーキをつついているカップルの二組のみだった。カフェっぽくないすこし切なげなBGMが、不思議とこの店に馴染んでいる。
ちゃんと食後にデザートまで頂いてくるんですよ、大丈夫仕事は皆で回しますからと私を送り出した支店長は、固辞する私の手に紙幣をねじ込むのも忘れなかった。流石に万札は多過ぎですと慌てると、余ったら皆にお土産をお願いしますとウィンクして。
支店長を筆頭に、職場の人間関係には本当に恵まれている。せっかくの外ランチを堪能させてもらおうと意気込んでいる所に、メニューとお水が運ばれて来た。


「いらっしゃいませ……あら、あなた。銀行の」


エキゾチックな顔立ちの長身美女が、艶やかな黒髪を耳にかけてにこりと微笑んだ。
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