Book

□ネレイスの導き
2ページ/3ページ

「……また、嫌な夢を見たの?」
「ああ……」
「ひどい汗」


甲板に出ると、彼女はゆっくり振り向いた。随分久しぶりだけれど、まるで変わらない微笑みで。


「ごめんね、本当は拭ってあげたいんだけど」


伸ばされた手は届かない。
おれは船の上、彼女は海の中。


「子供の頃は触れたのにな」


ーー君は海、そのものだから。




初めて会ったのは、まだおれが6才か7才か、それくらいの時だ。その頃おれは今思い出して引くぐらいの悪ガキで、この世の全てを憎んでると言っていいほど荒れていた。信頼していたのは兄弟分のサボくらい、後は誰が死のうが知ったこっちゃない、みたいな日々。
時折、一人で山を越えて海を見に行った。自分に流れる海賊の血が海に呼ばれているのかと思うと癪だったが、親のことは関係なく海賊になりたかった。海は自由で、憧れで、いつも変わらずそこにあったから。


夕暮れの海に浮かぶ女の子を見て、なんで飛び込んでしまったのかなんて、今でも分からない。


「プハッ……おま、なんだよ!びっくりさせんな!!」
「はぁ!?こっちがびっくりなんだけど!!何よ急に!?」
「溺れてんのかと思ったんだよ!!」


意外と浅瀬にいた女の子は、生意気そうに吊り上げていた瞳をみるみる丸くしたかと思うと、肩を震わせて笑い出した。


「ふふっ…溺れる?私が?あははっ!」
「な、何が可笑しいんだよ!」
「溺れる訳ないのに、だって、私は」


海、なんだからーー


それが、もう十年以上前の出逢い。




「いきなり海なんだから、とか言われて、信じられるかっての」
「なあに、まだ信じてないの?」
「ここが周辺に島影ひとつない海のど真ん中じゃなきゃな」


人魚ならばまだ説明もつくかと思っても、すらりと伸びた足は人間と変わらないし、海の精みたいなもんかととりあえず納得した当時の自分が信じられない。
海の精なら髪の色は青とかの方が説得力あるんじゃねェの、と言うと、ちょうど今頃、太陽が海に沈むとき、こぼれた夕日の雫が私の髪になったのよ、と。
そう言って笑ったのを、今でも覚えてる。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ