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□ネレイスの導き
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『鬼の子』
『誰にも愛されない』


酒場の騒めき、嘲笑、下品な笑い声。酔った大人たちは週末のピクニックの予定を立てるかのような調子で話す。ゴールド・ロジャーに子供がいたら、どんな風に死んでもらいたいか、そんなもしもを酒の肴に。


『串刺しか?』
『火炙りか?』
『身体中少しずつ斬り刻むってのはどうだ?』


目の前の子供が、深海の底のような、暗い昏い目をしていることなど誰も気付かない。意気揚々とグラスを掲げ、声を揃える。


『世界中の誰もが言うだろうよ』


ーー生まれてこなければよかったのに、って。


「やめろッ……!!!」




自分の声に驚いて飛び起きる。呼吸が荒い。心臓がばくばく波打っている。シーツも枕も、びしょびしょだ。
はあ、はあ、と肩で息を吐きながら、人差し指をかざすと、小さな赤い火が揺らめいた。ぼんやりと照らし出されるのは騒々しい酒場なんかではなくて、悪い夢を見ていたのだ、と気付く。
旗上げしてからまだ一年足らずの、小さな海賊団の小さな船。今は、確かにそこが自分の居場所。なのに自分が何者なのか、誰の血を引いているのかーーこの世にいるべきではない存在だということを、思い起こさせるように繰り返し見る、あの夢。


「、クソッ……」


小さく毒づいて、転がっていた酒瓶を飲み干す。口の端に垂れた液体を乱暴に拭って、ようやく少し落ち着いた。汗で湿った寝床に再び転がるのも気が進まず、窓枠に腰掛ける。


静かな夜だ。
仲間たちもとうに寝静まっているのだろう。よく晴れて風もあまりないようだ、波も穏やかに見える。白く大きな月が開けた空で輝いて、その光が自分の所まで一本道を描いて波の上を滑ってくる、絵に描いたような夜の海が、窓の向こうに広がっている。




ーーああ、こんな、夜は


きっと、彼女に会える。
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