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□by a hair
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本部の人間が部下を引き連れて支部に顔を出すのはそう珍しいことではない。何かしらの事件や海賊を追っている途中に休息や物資補給に立ち寄ることもあるし、単に査察に来ることもある。
潜入のタイミングとしては最悪だったのだが、いずれにせよ賞金首がのこのこと海軍将校の前に出て行く訳にはいかない。ナミは制帽のつばを深く引っ張ると、動揺を抑えて返事をした。


「あの、実は自分、来客対応を仰せつかっておりまして」
「あら、あなたも?」


連絡ミスかしら、と小首を傾げた女性は華やかな原色のシャツで惜しげも無くスタイルの良さを見せつけていて、ある程度の地位にはあるのだろうが、どうものほほんとした性格のようだった。


「じゃあいいわ、私がおつるさんのところに行くから、あなたお茶出しといて。多分そこの会議室にいるから」


よろしくね、とひらひら手を振られて、ナミはとりあえず危機を脱したことに胸を撫で下ろした。
よもや本当に来客がいたとは思わなかったが、あとあと来客対応を指示された筈の海兵が見当たらない、という事態になっては困るので、仕方なく給湯室で適当にお茶の用意をする。その壁一枚隔てた隣に、更なる危機が待っていることなど知らずに。


扉をノックしても返事はなく、さっさとお茶を出して退散しようと、足を踏み入れた先には。


「ッ!!?」


茶碗から盛大にお茶を溢したことはさておき、悲鳴を上げなかったことは評価してもらいたい。
不運を積み上げたジェンガが一気に崩れ落ちた気分だ。クイーンを避けて引いた筈の運命のカードが、まさか。
”JOKER”だなんて。


「あァ?新兵か?」


眉を上げて大股で近付いてきた男は、その巨躯を屈めて震えを押し殺したナミを覗き込もうとする。ナミは顔を隠す為、そして謝罪する為に、慌てて深々と頭を下げた。


「失礼致しましたっ……ただいま、新しいものをお持ちしますので!!」


伏した視界には床に広がったお茶。その上に、尖った靴先が置かれる。ぴちゃりと濡れた音にかぶさって、不穏な笑い声が響いた。


「茶は要らねェよ、その代わり退屈してたんだ、遊んでくれよ海兵サン」
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