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□最終楽章をとなりで
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ナミの存在は、ニジ付きの侍女のごく一部にのみ知らされているトップシークレットだ。万が一兄弟の目に触れても誤魔化せるようにメイド服を着させてはいるが、他の侍女たちのように給仕や掃除をする訳ではない。ただニジの部屋にいて、ニジの気の向いた時に抱かれる、娼婦まがいの契約だ。


(イチジとヨンジは勿論、レイジュにだって見せられねェ)


気に入った侍女にすぐ手を出す悪癖も、勘の良い姉は漂う空気の不自然さを即座に嗅ぎ取ってしまうだろうから。ただの侍女にしては圧倒的に主人への敬意が足らなく、そしてただの侍女に向けられるにしては主人からの視線が熱過ぎる。分厚いゴーグルをもってしても隠し切れないほどに。






「…ねえ、私が一番嫌いなもの、なんだか分かる?」
「おれだろ?」
「違うわ………あんたは二番。一番は、海賊」


喘ぎ疲れた掠れ声で、昔海賊に母親を殺されたの、と語るナミは、窓から射し込んだ夕陽に目を細めた。導火線のように細い光が鮮やかなオレンジの髪に燃え移って、シーツごと炎上してしまうのではないかという錯覚を起こした。
母が死ぬ、という経験はニジにも確かにあったのに、しばらくその顔を思い出すことさえしていなかったことに気付く。脳内にぼんやりと浮かぶ母の顔はいつもすこし悲しそうに微笑んでいた。ちょうど、今のナミのように。


「でも、海賊になるのもいいかもね。ここを抜け出して、故郷を取り戻して自由になって、ちいさな海賊団を作るの。陽気で優しい仲間と冒険をして、いつか船長を海賊王にする。海賊王の航海士の前だったら、あんただって平伏すかしら」
「…ジェルマは誰にも平伏さない」


そもそも手放す気なんて更々ないのだから、そんなもしもは有り得ない。


ただナミの描く幸福な未来図に、ニジの前に戻ってくるという絵が浮かぶほど、己の存在が刷り込まれているのだとしたら。
悪い気はしないと、ゆるく口元を吊り上げた。





最終楽章をとなりで
(最後におれを選ぶなら)





END
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