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□最終楽章をとなりで
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王侯貴族の部屋を満たすのは甘い紅茶の香りとクラシック音楽、そう相場が決まっている。
ニジは甘いものに目がない。特に好んで口にするチョコレート菓子は毎日のように大量に部屋に運ばせているから、茶葉よりもカカオの香りの方がそこら中に染み付いている。ほとんど中毒と言っていいほどだったのに、ここのところ消費量が著しく減って厨房を困惑させている訳は、チョコよりもっと甘いものを手に入れたからだ。それはモーツァルトの協奏曲よりも甘美で、忙しなく、憂いを帯びた音色を部屋中に響かせる。


「っは、やっぱり最高だな、お前とヤるの」
「全ッ然嬉しくないわバカ王子」


男の分身がずるりと抜けて、ようやく圧迫感から解放されると、さっきまで甘い嬌声を零していた唇が辛辣に氷点下の毒を吐く。細い身体を組み敷いて、散々好きなだけ貪った満足感からか、短気な男も余裕の笑みを浮かべる。


「そう言うなよ、おれが他の人間を褒めるなんて滅多にないぜ?」
「だからあんたに褒められたって嬉しくないって言ってんの」


ぶつくさ言いながらベッドサイドにあった清潔なタオルで身体を清めた女がてきぱきと身につけ出したのはメイド服だった。この城に仕える侍女であれば、目を合わせることさえはばかられる筈の第二王子に、ナミは何度繰り返したか分からない悪態を吐く。


「……本当、あんたに捕まったのが運の尽きだわ」
「幸運の間違いだろ。なあそれ着んの?どうせまた脱ぐのに」
「あんたが他の兄弟に不審に思われないようにメイド服着てろって言ったんじゃない」


かの伝説の軍隊、ジェルマ66を乗せた巨大な船が列を成して東の海を航行しているのを目にした時は、流石のナミも目を疑った。空想上の存在が、今まさに悠々と平和な海をすり抜けていく。どうやら本当に移動しているだけのその海遊国家に忍び込んだのは、故郷の村を買い戻せる額のお宝の匂いと、謎に包まれた国の秘密を知りたいという思いに勝てなかったからだ。
好奇心は猫を殺す。
居合わせた第二王子に、ナミはあっさりと捕まった。持ち得る限りの泥棒スキルを駆使しても、人間離れした能力の前に為すすべもなかった。
殺されるのを覚悟して、目を瞑ったナミに落とされたのは、思いがけない台詞だった。


「お前の時間をおれが買う。村を買い戻せるだけの金が貯まるまで、ここでおれに仕えろ」
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