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□安心できる場所
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外科医の部屋に猫がいる。


航海士という立場柄、昼夜を問わず船の航路と安全を確保しなければならない身、自船では緊張の連続でまとまった睡眠が取れないのかもしれない。しかしまあよく眠るのだ、一応は敵船である筈の船で。
今まさにナミがすやすや眠っているベッドの持ち主は、寝付くのも寝続けるのも苦手な性質で、だからこそ最低限の睡眠で最大の効果を得られるように、寝具には並々ならぬこだわりを持っている。それらが眠り姫に安らかな時間を約束しても、ローがその愛らしい寝顔を見つめるばかりで隈を濃くしていては、本末転倒もいいところだ。


「……おい、起きろ」


客人は部屋に入るなりいそいそとベッドに潜り込んだ。そこから早二時間弱、丁度読み終えてしまいたい本があったからいいようなものの、辛抱強く待つにも限界がある。ベッドに会いに来たのか持ち主に会いに来たのか、仮にも恋仲なのだ、ローが機嫌を損ねるのも無理はない。


「猫みてェに丸まりやがって」
「んんー……なによう、猫科の動物はねえ、一瞬の狩りの為に体力を温存して、一日十数時間は寝るもんなのよ……」
「じゃあ今がその狩りだ、起きろ」


もっともてめェは狩られる側だがな、と首筋に噛み付くと、寝起きの割に明瞭に喋る猫はくすぐったがってけらけらと笑った。蜂蜜を結晶化させたような瞳に映る自分は存外幸せそうで、思わず攻撃の手を緩めてしまう。


「そうだ、ベポいるかしら?こないだ読みたいって言ってた本を貸しに来たんだった!」


その隙をついたのかどうかは分からないが、ほのかに漂い始めた甘い雰囲気を情け容赦なく蹴散らして、ナミは部屋を出て行ってしまった。


「……っとに、気まぐれな女」


ローは肩をすくめて、甘やかな香りと体温が残るベッドに腰を下ろした。
年下の女に振り回されるなんて、死の外科医が聞いて呆れる。だがこれが日常だ。そしてそれを不思議と嫌とは思わない自分がいる。




ただ、残念ながら幸福で男の欲が鎮められる訳ではないから。


「勘弁してくださいよ、キャプテーーーン!!」


今日も船には、理不尽に斬り刻まれたシャチの身体が転がるのだ。





安心できる場所
(あなたのにおいがする)





END
 

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