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□バーミリオン
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まるで王族に嫁いだ姫の初夜のようだ。


相手が王族という点はさておき、嫁いだ訳ではないし自分はただの海賊だし、ましてや初夜なんて想像しただけで鳥肌が立つ。けれど逃れられない運命なら、まして仲間のためだというなら、腹を括るしかない。
ナミは唇を噛んで、ドレスの生地をぎゅっと掴んだ。ひんやりとしたシルクが湯上がりの肌に心地良く、たっぷりとあしらわれたオフホワイトのレースとフリルが、ネグリジェというよりウェディングドレスのように華やかだ。


「イチジ様のご命令ですので」


美人だけれど張り付いた笑みで同じ台詞ばかりを繰り返す侍女たちの手によって、着ていたTシャツとスカートはみるみるうちに剥ぎ取られ、バラの浮かぶ広いお風呂に放り込まれた。三人がかりで髪を洗われ肌を磨かれ、何度自分でやると言っても返事は同じで、最後は馬鹿馬鹿しくなってエステに来たと思い込むことにして乗り切った。けれど丁寧に乾かされ、ゆるく結い上げられた髪からは海の匂いも消えてしまって、それがどうしようもなく心細さを煽った。


今はただ、それこそ初夜を待つ姫のように、豪奢な部屋の広い寝台に手持ち無沙汰に腰掛けるくらいしか出来ない。嵌められた手枷は、今は少し長めの鎖で寝台に繋がれている。扉にも窓にも届かないのなら、うろうろするだけ体力の無駄遣いというものだ。




「着替えたか」


扉の開く音とともに聞こえた声に、目を瞑ってひと呼吸置いてから反抗的な視線を向けた。自身も入浴を済ませたのか、サングラスはそのままに、妙なコスチュームからシャツに変わっている。


「よく似合っている」


目の前の男から容赦無く注がれる視線に耐え兼ねて、ふいと目を逸らしてしまう。少しでも距離を取りたくて脚に力が入ったが、逃げられない状況を思い出させるように硬質な音が響く。


「忘れているようだから言っておくが」


ぐいと顎を持ち上げられれば、嫌でも男と目が合った。黒いレンズの奥にある支配者の余裕は、嘲りとともに隠されることなくナミを貫く。


「おれを選んだのは、他でもない。お前なのだからな」
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