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□ファムファタル
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よく知らない男に誘われたり愛を囁かれたりすることはままあるし、羨望や崇拝にも似た眼差し、あるいは単に欲望を向けられることならその何百倍もある。だからこそ残虐非道と悪名高い、そのくせルフィには千切れんばかりに尻尾を振る仔犬のような彼が、どう自分にアプローチしてくるのかはとても興味があった。
しかし、である。


「ああああのっっあのですね、なんだべそのーーー、あのーーー!はわわあんまこっち見ねェでくだせェ〜〜!!」


ヘタレだった。
意味不明な呻き声から時折漏れ出る、『お美し過ぎてとても直視できねェべ〜』とか『ホンッットかんわいいべェ〜』とか、そういった心の声は決して気分を悪くさせるものではなかったけれど、それにしたってちょっと待たせ過ぎだ。
仕方無い。
ナミは背を向けたまま、一歩踏み出す。


「話がないならもう行くわよ?皆が待ってるし」
「んなっ、偉大なる先輩方をお待たせして…!?なんつうことをおれァ!!あああでも待っ、なななナミ先輩!!!」


男が声を掛けられないでいるのなら、わざとハンカチを落とすのも女の気配り。
ようやく心を決めたのか、一段と声を張り上げた男に向き直る。しばらくぶりに視線が交わる。


「〜〜〜〜〜〜ッッッ!!」


ぷしゅうと湯気を立てる勢いでまた真っ赤になってしまったバルトロメオが逃げ出さないよう、ナミは素早く距離を詰めた。ちょうど頭の辺りにあった刺青と厚い胸板の下は、今とんでもない速さで鼓動を刻んでいるのだろう。
襟のファーを掴んでぐっと引き寄せ、長く垂れたもみあげに触れるくらいに近付く。大きな瞳に射抜かれて、純情な猛獣はメデューサに睨まれたとばかりに石化した。


「……あんた、”人喰い”なんでしょう」


二つ名を耳元で呟くと、呪いの解けたバルトロメオは目をぱちぱちして、へァ、と絞り出すような返事をした。
図体の割に肝っ玉の小さなこの男がなんだかとても可愛く思えて、妖艶な紅いくちびるはひとこと殺し文句を囁いた。


そして、頭に血が上り過ぎて遂には倒れてしまった船長を、後ろからわらわらと湧いてきた仲間が助け起こすのを見て、完璧な微笑は何処へやら、ナミは大きな笑い声を上げたのだった。





ファムファタル
(わたしのことはたべないの?)





END
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