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□ファムファタル
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しゃらしゃら、しゃらしゃら。


すらりと伸びた白い足が、軽やかに砂を踏んでは打ち寄せる波を蹴り上げる。人魚姫が声の代わりに得た足の感覚を確かめるように、無言で繰り返される波打ち際の遊戯。


(ハァ……浜の真砂は尽くるとも……)


泥棒猫の美貌は尽きまじ。
昔々にばーちゃんが教えてくれた、なんとかとか言う大泥棒が遺した辞世の句の変なパロディができるほど、目の前の光景は眼福そのものだ。まるで地上に舞い降りた女神の戯れ、見つめ続けては畏れ多さに目が潰れそうで。手配書ですら人を殺せる破壊力だったというのに、今生きているのが不思議なくらいだ。




赤くなったかと思えば急に青褪めたり、身震いしたり唸り声を上げたりする男を横目に、ナミは聞こえないように溜め息を吐いた。
送られる熱視線に応えて見つめ返したら、気の毒なくらい真っ赤になって10歩近く後ずさってしまったので、落ち着くまで目を合わせないことにしてから早30分。手持ち無沙汰で寄る白波と追いかけっこをしていたが、もういい加減足が冷たい。


「……ねぇ、」
「なっ!?しゃべっ、ハァ!?ななななん!!?」


まともな会話が成立するにはもう半時間は必要だと踏んだナミは、退屈で出かけた欠伸をなんとか呑み込んで、代わりに背後に恨めしげな視線を送った。


『船長が?私に話?なんで?』
『お願いします、ほんの5分、いや3分でいいんで……どうぞどうぞこちらへ…すんませんすんません』


へこへこと頭を下げながら、曖昧に話を濁して誘導しようとする男たちに囲まれて、ナミはきょとんと首を傾げた。美女がチンピラ連中に連れ去られているような構図は犯罪のニオイがするけれど、勿論彼らが麦わら傘下の海賊団であることは聞いていたのでとりあえずついていく。何故か足元に引かれたレッドカーペットを辿りながら、無理やり聞き出したところには。


船長は泥棒猫に首ったけ。


ずらりと並べられた一味の手配書は、一枚だけすぐに隠されてしまった。それを見るたびに船長は動悸や息切れを訴え、あまつさえ昏倒したりするものだから、仕方のない措置だったと言えよう。それでも掛けられた布越し、ただの紙切れに、讃美の言葉を雨あられと投げ掛け、しどろもどろに愛の告白を練習するバルトロメオの姿を、バルトクラブの面々は常々不憫に思っていたのである。
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