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□プシュケ
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「…そんな深刻そうな顔しないで」
「だって、ナミさん、」
「大丈夫よ、ただの風邪。チョッパーにもそう言われたでしょ?」


私はあんたたちと違って、か弱い女の子なんだから風邪くらい引くの。わざとふざけた調子で君はそう言うけれど、見えないだけで血を吐いているんじゃないかというくらい酷い咳が混じるものだから、不安にもなるというものだ。
白磁の肌は健康的な艶めきを失ってただただ蒼褪め、なのに燃えるような熱を閉じ込めている。大きな瞳を美しく縁取るけぶるような睫毛すら不吉な陰を生み出していて、思わず唇を噛み締めた。


「昨日の嵐のせいよ…大丈夫、大丈夫。すぐ治るから」


分かってるよ、分かってる。
ウチの名医が言うんだ、ただの風邪なんだろう。
昨日の嵐は本当に突然で、レインコートを着る暇もなくて。人一倍責任感の強い君だから、予報出来なかったことを恥じていたんだろ?屋根のあるところで、悠然と構えて野郎どもに指示だけ飛ばしてくれたら良かったのに、そうしなかった。だいぶ濡れたもんな、風邪くらい引くさ。


でも、ナミさん。
「すぐ治る」って、あの人もそう言って、いつまでも治らなくて。会いにいくたび、細く、小さくなっていって。いつでも笑顔で迎えてくれたけど、今なら分かるんだ。おれを心配させないように、無理してたってこと。


「……くん、サンジ君!!」
「あ、ごめん、何?」
「もう……いつもみたいに、『愛情たっぷりの特製おかゆ作るからね〜』とか、ウザいこと言ってくれたらいいのに」
「おかゆ……そうだよね、ごめん!すぐ作るから!待ってて!!」
「あ、ちがうの、急かした訳じゃ…行っちゃった」




くつくつ、くつくつ。
朝用意しておいた出汁を加えて、丁寧にアクを取りながら弱火で煮る。一度に入れると卵黄が先に固まってしまうから、まずは卵白を溶き入れて。今日はシンプルに卵と青ネギだけだけど、明日は様子を見てトマトを入れてあげよう。少し酸味があった方が、食が進むから。


「お待たせ、ナミさん。食べられる?」
「ん……ん〜〜っ、おいしい」


あの人と同じ、晴れやかな笑顔で、彼女はそう言った。
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