Book

□沈む月、堕ちる星
1ページ/1ページ

あの優しい微笑みを、もう一度取り返したくて。
ーーこんなところまで、やって来たのに。




「はなしてっ……サンジ君に、会わせなさいよっ…!」


彼に似た顔で、彼は見せたことのない表情を浮かべて。自分を見下ろす三人の男に、ナミは戦慄していた。


「折角来て頂いたところ悪いが、弟はもう婚約者のいる身でね」
「なァ、あんたサンジの女?あんな出来損ないの弟より、おれたちといた方が楽しいぜ?」


サングラスの向こうも、サンジ君と同じ顔なのだろうか。弟と呼ぶからには兄なのだろう、一見紳士面の赤髪も、下卑た笑みを隠さない青髪も、その声は聞き慣れたものとよく似ていて、だからこそ違和感に寒気がする。


「サンジはサンジで幸せにやるさ」
「心配するなって。おれたちはこう見えて仲良し兄弟だぜ」
「ああ、だが」


「ーー女を共有するのは初めてだな」



何が起こるかを悟って、総毛立った身体は咄嗟に逃げようともがいたが、白い肌を吟味するように這い回る六本の手は抵抗を許してはくれなかった。唇に、胸元に、喉笛に、うなじに、耳朶に、かわるがわる、あるいは同時に、殺意と紙一重の情熱で噛み付かれる。まっくらな絶望に心は凍てつくのに、無理やり灯された熱は身体全体にじわじわと回り始めて、救いを求める声も、闇に呑まれて徐々にその色を変えていく。




「下賤な身とはいえ、この美しさには抗い難い…それに健康そうだしな。いくら美しくても、母のように病弱では困る」
「この女と引き合わせてくれただけ、あの役立たずにも感謝しねェとな」
「この国にゃロクに女もいねェからな!あんたも嬉しいだろう?王子の子を産めば、晴れて王妃の座だぜ!」


最後の力を振り絞って、背中を引き裂いてやろうと思いっきり爪を立てたが、鋼のように硬い肉体にはどうやら傷ひとつつかなかったらしい。緑髪を撫で付けた男にのしかかられたまま、ナミは涙で滲む空を見上げた。


ーーたすけて、たすけてよ、サンジ君


悲痛な叫びは誰の耳にも届かずに、ここにはいない金の髪だけが哀しい笑顔で、まぶたの裏でふわりと揺れて消えた。





沈む月、堕ちる星
(慈悲も憐憫も、最初から有りはしない)




END
 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ