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□世迷い言ひとつ
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いつか世界中の海図を描きたいと、大それたことを言うナミは、しばしば足を伸ばして周辺海域を探索していた。
一緒に来て欲しいと言わないのは遠慮なのかプライドなのか、世界最強の名のもとでただぬくぬくと守られていればよいものを、我が儘な仔猫は束縛を嫌う。ひとたび毛玉を転がせば追い掛けたまま戻っては来ぬし、かといってつまらなそうに退屈を飼い慣らす姿を愛でていたい訳でもない。妙にもやもやした気持ちを抱えたまま送り出す羽目になる。


(………味気無い)


ナミのいない城に笑い声は響かない。布団が干されることも、食卓に湯気の立つ彩り豊かな食事が並ぶことも無い。一匹狼の海賊の身、そんな生活には慣れ切っていた筈なのに、どうにも調子が狂ってしまう。
いっそ突き放すべきなのか。
どうせ共に歩む未来はあるまいと自身を納得させかけた矢先、感じた弱々しい気配に、ミホークは大きく舌打ちをした。




「……失敗しちゃった、」


菓子を焦がした時よりずっと深刻さが足りない声音で、しかし青褪めた顔に痛々しい微笑みを浮かべて。血に塗れたナミを、ミホークはマントで包んで寝室に運んだ。包帯の備蓄があった筈だが、その在り処も思い出せないほどに焦って、シャツの裾を引き裂いた。目を真ん丸くしているナミの傷を丁寧に処置し、即席の包帯でぐるぐる巻きにしていく。


「…ごめんなさい」


素直に零れた言葉は無惨に千切られたシャツへの餞か手当ての礼か、愚かにも庇護下から抜け出たことへの謝罪か。
苛々する。そんな言葉が欲しい訳ではないのに。
何故助けを乞わない?一緒に来てくれと、願わない?


お前が望むのなら、世界の果てまで




「…あまり、無茶をするな」


煩わしいことは好まない。けれどこの少女の目指すものを見届けたいと、確かに思った。 この身に負った幾つかのくだらぬ称号も、少女の行く先を阻むものへの牽制くらいにはなるだろう。
今は大人気ない不満を飲み込んで、仔猫がいつか可愛いお強請りを覚えたならば、その時は。





世迷い言ひとつ
(口に出しはすまい、まだ)





END
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