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□スミレの涙
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「ーー最近妙な動きを見せている。取引にかこつけて何か企んでいるかもしれねェ、連中から目を離すな」
「……分かりました」


仕事の話だと夜更けに呼び出されたのは昔の父の部屋、現国王の寝室だ。感情を顔に出さないように取り繕っていても、多少声が掠れたのが自分でも分かる。ドフラミンゴが腰掛ける大きなベッドには、死んだように眠るナミの姿があった。真っ白なシーツの上に鮮やかな髪を散らして、ランプの灯りで赤錆色に光るそれが血の海みたいで、寒気がした。


「お前も混ざりたかったか?」


揶揄するように口角を上げると、男はナミの髪を一房掬い、そこに口付ける。見える範囲だけでも、肌に幾つも血が滲むような痕が残されている。大分手荒に、執拗に抱かれただろうことは、容易に想像出来た。


どうして。
愛しているくせに、ナミのことは乱暴に抱いて。
愛してなんていないくせに、私のことは大切に抱く。
取り返しのつかない錯覚は、八方見渡せる筈の目を曇らせる。


「ーーヴァイオレット」


情事の艶を多分に含んだ声音で耳元で囁かれて、肌がざわり、粟立つ。足元の階段を一段引き抜かれたみたいに、一瞬呼吸を忘れた。


「コイツの命と引き換えに、国を返すと言ったら、お前はナミを殺せるか?」




ーーああ、


そっと目を伏せる。
やはり、その為にドフラミンゴは私をナミの世話係にしたのだ。お互いがお互いの枷となるように。
答えなど分かり切っているのに、試すようなことを言ってみせるのは、私を動揺させたいからか、退屈な日常を壊したいからか。


(……良かった)


私は笑ったのかもしれなかった。殺したいのは勿論、夢の世界で束の間の休息を貪る可憐な乙女ではなくて。


酷い男。
私は今日も、この男を憎み続けていられる。
愛さずに、いられるーー





スミレの涙
(愛そうが憎もうが、何処にも逃げ場なんて無いのだけれど)





END
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