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□カンタレッラ@
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浴室から梯子で降りた先の測量室で見つけた人影に、ナミは少なからず驚いた。


「あ……ごめんね、お風呂待ちだった?どうぞ、空いたわよ」


そう言ってから、その人物が着替えを持つでもなく、いつもの物騒な長刀を片手に本棚にある医学書の背表紙を眺めているのに気付いたけれど、こんな夜更けに何をしているか問いただすのも億劫で、それ以上の会話は望まないことにした。
机の上のカンテラに火を灯して、書きかけの海図を広げる。このままベッドに身を横たえたって、どうせ余計なことを考えてしまうに決まってる。シャワーですっかり目覚めた身体は、眠りよりも頭を使う作業を欲していた。
静寂の中、かすかに聴こえる波音。アンティークのカンテラに軸の見事なお気に入りの羽根ペン、あとは温かいミルクティでもあれば完璧、なのだけれど。


(………いつまでいるんだろ)


進まない。後ろが気になって。
背後にそれ程親しくない男が突っ立っていては、なかなか作業に集中出来ない。覗き込まれている訳ではないし、多分お互いに背中を向けているのだろうが、放ってくる気配がどこかしら威圧的で、羊皮紙にインクが滲むのはまだ少し濡れた髪のせいではなさそうだ。まさか同盟相手にいきなり斬りかかってくることはないと思うけど。


諦めて椅子を立った。大人しく寝よう。おやすみの一声だけを一応、残して。


(……夜、寝ないでほっつき歩いてるから、こんなに隈が濃いのかしら)


すれ違いざまにちらと伺った表情は、医者だというのが何かの間違いではないかと思う程に不健康そうで、思わずそんなことを思った。深く刻まれた眉間の皺、目の下の隈、そして鋭いーー


「………物足りねェって顔だな」
「ッ!?」


鋭い目が、嘲るように細められる。口元が歪む。
気付いた時には、腕を絡め取られていた。
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