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□空を泳ぐマーメイド
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死にたかった訳じゃない、ただ死に物狂いで逃れようとした結果。


監視の目を盗んで、戒めを外したのは良かった。海流が読める位置に囚われていたのも良かった。千載一遇のチャンスで潮の流れが変わって、勝った、と。今しかないと。




ーーーバシャアァァン!!!




海流は完全に読み通り、高速で進む船と大きな水柱を立てて海へ飛び込んだ私をぐんぐん引き離す。近くに島がある筈だから、後は追っ手の目に止まらないことを祈って、逆らわず流されていけばいいだけ。
でも、誤算があった。
数日間拘束されたままほとんど動けずにいたから、急激な運動に身体がついていけなくて。魚のように水を掻ける筈の手足がもたついて、もがけばもがく程沈んでいく。
やさしくやさしく抱き寄せるように、底へ引き摺り込まれていく。


ーーああ、


死ぬのか。




やだ。やだ。死にたくないよ。
私が死んだら、誰がサニー号を導くの。
でも、
万が一あの男にまた囚われて。
なにもかも奪われてしまうというのなら、いっそーー








「あたし、半魚人なの。能力者じゃなくて」


ごめんね、逃がしてあげられなくて、と耳元で囁いたしなやかな脚の少年は、憐れみとも哀しみともつかない表情で微笑んで。
現れた男の大きな影に気付くと、すっと姿を消した。


「ーーーたとえ死んでも、お前はおれのものだ」


おれから逃げられると思うな。大袈裟な愛の告白に似た、狂気の言葉を吐いた男は、いつものコートが濡れそぼるのも構わずに、冷たくなった私を抱き締めた。
ピンクの羽根の隙間から見えた空は青く澄み渡って、今この瞬間は泳ぐ為のひれよりも、天翔る翼が欲しいと。






王子様に恋をした人魚姫が、想い叶わず泡になるなら。
それはかなしい結末だと誰もが口を揃えるでしょう。


でも、彼女は苦しまずに、ゆるやかに消えていけるのよ





空を泳ぐマーメイド
(あんなに海を愛したのに、今は空に焦がれている)





END
 

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