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□かりそめラブ・アフェア
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ーサァ……と。


自分の血の気が引く音を、聞いたことはお有りでしょうか。




ナミは目を点にしたまま、隣に横たわる巨躯を見つめて固まっていた。
高波が襲い来る前の波打ち際のごとく、何処までも何処までもするする血潮が引いていく。引いたその先に見ゆるのは、青褪めて凍てついた地獄だろうか。


(………ちょっと、まって)


がんがん痛む頭を抱え込んで、状況を整理する。昨日は夕刻に島に着いて、いざ夕闇に映える白い街並みの散策と洒落込んだものの、突然の雨の匂いに帰船は間に合わないと悟って、早々に小さな酒場に逃げ込んだ。程なくして大地を濡らし始めた雨の勢いは留まることを知らずに、どうにも出来ずただグラスを空け続けてーー


ーーどうしてこうなった。




完全に事後、である。
布切れ一枚さえ纏わぬ身体は、昨夜の失態を咎めるがごとくみしみしと軋む。無防備に眠る男の、鍛え上げられた腹筋の辺りから無造作にかかる質の良いシーツの下がどうなっているかなんて考えるのも恐ろしい。というか、本当に眠っているのだろうか。それがあやふやなのは、ベッドに横たわっているにも関わらず彼の瞳を隠しているルビーレッドのサングラスの所為でもあり、緩やかに弧を描いているように見える薄い唇の所為でもある。


(……このひと、おっきい……)


フランキー、いや下手するとブルックより大きいかもしれない。よく見ればベッドもキングサイズ、それより大きい場合は何と呼ぶのだろうか。ナミにもう少し余裕が有れば、そのベッドがただ大きいだけでなく、細部まで丁寧な職人技が光る出来であって、天蓋を彩る雨露に濡れた蜘蛛の糸のようなレースや瞳が瞬く間にベリーに変わるお値段の寝具一式の豪華さに気付いただろうが、そんなことは今はどうでも良かった。


一万歩譲って知らない男とベッドイン、その事実は一度きりのあやまちとしてサイドテーブルに乗るすっかりぬるくなったであろう葡萄色の毒とともに、洗面所に流してしまったっていい。血反吐吐いたようなその赤を、昨日の罪とともに飲み干して罪悪感に浸るのもいい。でも。


この体格差、無理でしょ。
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