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□モッキンバードは二度裏切る
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「入るぞ、ジョーカー」


重厚な観音開きの扉が、ぎぃ、と音を立てる。
その先に広がるのは、随分と落ち着いた部屋だ。
白を基調としたそこーーというより、白一色のその部屋ーーは、大きな窓から燦々と降り注ぐ光と、その割にひんやりした空気、それから無駄な装飾が全く無いことも相俟って、まるでさみしいサナトリウムのような印象を受けた。けばけばしい夜の電飾のような、あの男にはおよそ似合わない。
それでもそこに鎮座するのは、馬鹿でかい寝台をソファ代わりに不敵な笑みを浮かべる、ファミリーのボスーーーの、筈だった。


「…………?」


しん、とした部屋には、誰もいない。


大体、自分を呼びつけたのはあの男の方だ。わざわざ普段は寄りつかない屋敷に出向いたところ、指定された場所に姿が見えず、ならば自室かとわざわざ移動してやったのに、ここにもいない。
ローは険しい顔を更にしかめた。


ー出来るだけ会わないように。努めて顔を合わせないようにしていることを、知っている癖に。




失ったものを埋めるように、この数年をひたすら任務に費やしてきた。耐え難い憎しみと、逆らえない恩を天秤に、ともすれば弾けて仕舞いかねない心を擦り減らして。
それでも生きることが、ただひとつ遺された、彼の望みだからー


黒い羽根を思わせる、襟口のファーをぎゅっと握って、ローは踵を返した。




「…………だれ…………?」


かしゃん、と小さな銀の鈴を床に転がしたような、弱々しくも耳に残る声。
ローがはっと振り向くと、誰もいないと思っていた大きなベッドの上に、確かに人の気配があった。真っ白いシーツを頭から被って、真っ白いベッドと完全に同化していたその影は、ゆっくり身を起こして、するりと顔だけを覗かせた。




ドフラミンゴが閨を共にする女を見たことは無い。彼は女遊びが激しかったが、事が済めば速やかに消える『聞き分けの良い』女たちばかりと関係していたようなので、朝になっても女をベッドに置いておくようなことは無かった。
それだけに、シーツの隙間から不安そうにこちらを見遣る紅茶色の瞳には、さすがのローも動揺を隠し切れなかった。
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