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□回遊魚の反乱
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「おね、がい」




目の前に背を向けて立ち塞がる女を、ローは薄れる意識の中で捉えた。海楼石の鎖は幾重にも巻かれていて、残り少ない体力をじわじわと奪う。
剥き出しの白い肌はどこもかしこも擦り切れ血塗れで、だからいつも長袖の服を着ろと言っているのに、なんてことをぼんやりと思った。


ー怪我でもしたらどうする。
ーあら、私の恋人はお医者様だし。それに、私が傷付かないように、いつも守ってくれる筈でしょ?


夢とも現実ともつかない記憶の揺らぎの中、はっきりと聞き慣れた声が鼓膜を揺さぶった。


「なんでも、する、から…かわりに、私を、殺していいから」


その言葉に一気に覚醒する。


悪夢か、あるいは忌まわしき現実。
不敵な笑みを浮かべる憎い男から、ローを庇うように身を盾にする女は、信じたくないけれど、この場に決して居て欲しくはないけれど、きらきらと波打つように輝くその黄昏色の髪を見間違える筈も無い。何よりも大切で、命に代えても守ると誓った、ナミだった。
やっと定まった視線で、その脚が震えているのを認めたローは、痛みを堪えて血を吐くように言葉を絞り出す。


「……ハァ、…ナミ……!なにをば、かな」
「ローを……殺さないで」


「フッフッ…フッフッフッフ!」


特徴的な笑い声が高らかに響く。その顔はナミの背に阻まれて見えないが、声の調子から察するに、酷く上機嫌だ。
そして、男が上機嫌だということが、何ら事態を好転させる筈も無い。
むしろ最悪。


明らかに、ドフラミンゴの興味がローからナミに移ったということだから。


「フッフッフ!泣けるねェ仔猫チャン……恋人の為なら生命も差し出そうってのかァ?」


突然現れた女が瀕死のローを庇うのが、余程陳腐で滑稽な展開に見えたのか。
ドフラミンゴは歪んだ笑みを振りまきながら、長い足をゆっくりとナミの元へ進めた。
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