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□B
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ーーあのとき、どうして拒んでしまったのだろう。
昼食を終えたナミは、食後の腹ごなしとばかりに甲板で走り回るベポとシャチのじゃれ合いを、ぼんやり眺めていた。
突然のキスに身体は固まってしまったけれど、決して嫌だった訳じゃない。硬い胸板から伝わる温度とは裏腹に、零れ落ちる吐息は胸が高鳴る程に熱くて。男の欲が垣間見えた瞳も、肌に直接触れる掌も、そのまま受け入れてしまえば良かったのに。
でも、怖かった。
思い出せないまま抱かれるのは、なんだかローに申し訳ない気がした。愛する男の記憶を思い出せない自分が悔しくて、涙が出た。
あれからローは、夜は自室を譲ったまま、どこで寝ているのかも分からない。いつも守るように傍にはいても、ほとんど口をきくこともない。
部屋を出て行く彼の、傷付いたような瞳が、忘れられない。
「……言われなかった?麦わらたちに。仮にも敵船なんだから、一人になるなって」
隣に人が腰掛ける気配に、は、と顔を上げる。アイツらまた暴れてんな、と仲間を見遣る男の頭には、ご丁寧に名前入りの帽子。
「ペンギン」
「まあ、こっちは誰も敵とは思ってないけどね。大体ナミが一人になるチャンスなんか、今までだってなかったし」
肩をすくめるペンギンの後方に、ローの姿が見える。視線こそこちらを向いてはいないが、全神経がナミの挙動に傾けられていることは言うまでもない。
「ああして、いつも君を守ってる」
「え……」
「船長は不器用な人だから……あまり上手く、ナミの欲しい言葉とかを言えないかもしれないけど、ナミをすごく大切に思ってるよ。ナミと会った日の船長はそりゃあ機嫌が良くてさ、逆にしばらく会えないと、目に留まっただけのおれたちを腹いせにバラバラにしたりする」
「……うそ」
「ホントさ。多分、今日おれも首だけになるよ。ナミに必要以上に近付いてるから」
快活に笑う男につられて、ナミもくすっと微笑んだ。
「その顔」
「え?」
「船長は、ナミの笑顔が大好きなんだ。二人が笑っててくれると、おれたちも嬉しい。……だから」
もし記憶が戻らなくても、どうか船長の傍にいてあげて。
囁かれた言葉は、迷えるナミの背中を優しく押した。
「……ありがとう、ペンギン」