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□A
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男所帯のむさ苦しいところに来たナミは紅一点、まさに掃き溜めに鶴。午後から早速開かれた航海術の講義で、ハートの海賊団の面々は目までハートにしていた。以前のナミは会えば気さくに挨拶してくれたが、いつもすぐ船長室に連れ込まれ、滅多に顔を拝むことが出来なかったからだ。男たちはだらしなく伸びる鼻の下をどうにかこうにか引き締めながら、その豊富な知識を少しでも我が物にせんと必死で学んだ。というのもあまりデレデレしていると、後ろに佇む船長が無言で妖刀の切っ先を突きつけてくるからである。


「この場合百万分の一の縮尺じゃ小さ過ぎるのよ」
「なるほど」
「だから、冬島の気候だと、こういう海流が生まれやすい訳」
「おお、分かった!」


萎れていた花が水を吸ったように、いきいきと知識を披露して回るナミの姿に、ローは人知れず口角を上げた。




「ご苦労だったな」
「あ……ありがと!何これ?」
「さっきお前のところのコックが差し入れに持って来た。『ナミさんがおれのおやつを恋しがっていたら可哀想だから』、だと」
「ふふっ、サンジ君ったら」


生クリームと色とりどりのフルーツに、きらきらしたアラザンのトッピングも眩しいカップケーキは見ただけで口内が甘ったるくなりそうで、薦められたそれをローは丁重に断った。嬉しそうに頬張るナミを見て、随分と甘やかされている、と出そうになった溜め息を飲み込む。律儀にも「ナミさんがお世話になるから」と大量に持ち込まれた菓子は今頃休憩中のクルーの腹にあらかた収まっただろうが、その裏に彼女の胃袋を掴んでいるのは自分だ、というコックのプライドのようなものを感じたのは、おそらく自分だけだろう。


全く、どいつもこいつもあからさまな敵意を向けてきやがって。


「ロー?もう行くね」
「ああ、……ちょっと待て」


口の端についたクリームを指で拭ってやって、口内に放り込む。想像以上に甘い。


「……バカっ!!」


捨て台詞を吐いて走り去ったナミの頬が朱に染まっていたことを、ローが見逃す筈もない。
直接唇で舐め取ってやっても良かったものを、我慢出来た自分を褒めてやりたいくらいだ。
再び溢れ出んとする溜め息を押し込めるように、あるいは残った甘さを愛おしむように、ローは口元を押さえた。
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