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□A
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「ロー、私、どうしたらいいかな」


女の表情くらいくるくると変わるものはない。
偉大なる航路の気紛れな天気でさえある程度は見通しがつくのに、さっきまで無邪気に笑っていた女が哀しそうに目を伏せたことは予想以上にローを戸惑わせた。
重い長刀を床に投げるようにして、その細い腰を抱え直し、ナミの次の言葉を待った。


「……恋人、だっていうあんたに会っても、記憶が戻らない。何もしないままここに居続けても、皆に迷惑がかかるだけなんじゃないかしら」


ローは無言で、ナミの頭に少し残った傷を診た。スキャンしてみても、確かに脳に異常は見当たらない。


「……航海術は覚えていると言ったな」
「……?うん」
「ウチのクルーに、それを伝授してやっちゃくれねェか」


ベポが描く海図なんてとても見れたもんじゃなくてな、と薄く笑う男の意図を読み取ったナミは、ぱっと笑顔になった。ナミが記憶を取り戻すかもしれないきっかけと、この船にいる理由を作ってくれた男に、感謝の意を込めて抱きつく。


「ありがとう!ロー」
「……ああ」




最初は怖い人、と思った。
見かけはロビンから聞いていた通りだったけれど、実際に会った男は思っていたよりずっと痩身で、なのに背負っていた威圧的な空気は尋常ではなかった。
それに、恋人だという私を見ても、ちらりとも嬉しそうな顔をしなかった。まあこういうややこしい状況では仕方ないかもしれないけれど。
本当に、こんな怖そうな人と、私付き合っていたのかしら。




だがこうして抱き締められていると、抱えていた不安が薄れていくのが分かる。
肌から伝わってくる温度は随分と低いのに、じわりと心に沁みて、熱が灯る。


ロー。
改めて名前を呼ぶと、その響きが不思議と耳に馴染んでいるのが分かった。
きっといつもこうして、愛しい男の名前を呼んでいたのだろう。


まだ少し、打ち解けない男が微笑むのが嬉しくて、ロー、ロー、と意味もなく、繰り返しナミは名前を呼んだ。
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