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□アムネシア×ディスペプシア@
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「長く共に過ごした仲間と一緒にいても、何も思い出さねェんだ。今更ソイツの船に乗ったところで、何か変わるとも思えねェ。なにより、ただでさえ記憶がなくて不安だろうに、環境を変えても事態が変わらなければ余計に辛ェ思いをすることになるぞ」


しん、と静まる船内。本当なら、仲間と過ごしている間に記憶を取り戻して欲しいというのが、一味の総意であることは間違いない。相手が恋人だろうがなんだろうが、こんな大変な状況下に、いやだからこそ、大切な航海士を手放したくはないのだ。
ゾロの意を汲み取ったサンジが、がしがしと頭を掻きながら言葉を絞り出す。


「……残念ながら、おれもマリモと同意見だ。知らねェ野郎ばっかりの船にレディーを一人で送り込むなんざ、正気の沙汰じゃねェよ」
「ああ……おれもいくらトラ男がいるとは言え、こんな状態のナミをそっちにやるってのはちょっとなあ……」


共に東の海から出てきたメンバーは、特に思うところがあるのだろう。何もできない不安と歯痒さが、男たちの顔に色濃く滲み出ている。
仲間だという人間たちが、自分のせいで酷く心を悩ませていることを申し訳なく思っているのか、ナミはさっきから目を伏せたままだ。少し震えている肩を、ロビンが労わるように優しく抱いた。



らしくなく萎れてしまった航海士を、剣士は片目で見つめる。


ーー本当に、忘れてしまったのか。


出会ったときのこと。
仲間に加わったときのこと。
一緒に幾つもの死線を越えてきたこと。


いつも隣にいて、夜な夜な豪快に酒を酌み交わしていた、男のことも。


(……ナミが悪い訳じゃねェ)


分かっていても、思わずにはいられない。
おれたちの絆は、その程度のモンだったのか。そんな簡単に忘れられるくらいの存在だったのか。


思い出せ。
早く、思い出してくれ。




ただ、




ーー願わくば、アイツのことは忘れたままで。
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