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□アムネシア×ディスペプシア@
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「ほら、ナミ。さっき話した、彼がトラファルガー・ロー。あなたの恋人よ」
「あの人が……?」


ロビンの後ろに隠れるようにしていたナミが、その大きな瞳を不安そうに瞬かせて、おずおずとローを見つめた。


「あの刺青だらけで、不健康そうな隈の濃いドS顔の男が、私の恋人…?」
「……ナミ、心の声が聞こえてるわ」




久しぶりに会えたというのに、恋人は自分のことを覚えていない。
不思議なことや不条理なことはこの広い海に幾らでもあろうが、ローは憤りを抑え切れず、携えていた愛用の長刀をぐっと握る。それがまたいっそう恋人を怯えさせることにさえ気付かない程に、ローは冷静さを失っていた。


「……とりあえず、傷は少し残ってるけど怪我自体はもう何ともないんだ。一度気を失って、目を覚ました時にはもうこんな状態で……一般常識とか、航海の知識とかはちゃんと覚えてるんだけど、人間関係がすっぽり抜けてるみたいで。トラ男に会えばもしかして、と思ったんだけど」
「ああ、お前でもダメなら希望はココヤシ村の家族くらいか……だからと言って、今からイーストブルーに連れてってやる訳にもいかねェしな」
「トラ男!」


チョッパーとウソップの肩に伸びた腕を巻きつけて、飛んで来たルフィがローの前に立つ。その顔を見て、ようやくローは我に返った。


ーーそうか、コイツらだって大事な仲間がこんな状態じゃ不安だろう。


いつになく真剣な面持ちのルフィを見たローは、持ち前の冷静さを取り戻して、自らに取り憑いて沼の底に引き摺り込もうとする黒い感情を蹴散らすように、軽く首を振った。


「もう、ナミを治せるのはトラ男しかいねェんだ。お前、ナミの恋人なんだろ?傍にいれば、ナミもお前のこと思い出すかもしれねェし、しばらくの間お前の船でーー」
「おれは反対だ、船長」


いつものように名前ではなく、あえて“船長”とルフィを呼ぶのは、何か強く主張したい意見がある時。今までずっと黙って壁際にもたれていたゾロが、静かだが強い声音でルフィの話を遮って、招かれざる客をぎろりと睨んだ。
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