Book

□夜を愛づる姫君
1ページ/2ページ

冷たい闇がとろりと溜まっていた。




今この世界にあるのは、打ち寄せる波の音と、頼りない月あかりと、ぼんやり光る長い髪だけ。


その後ろ姿が、闇の狭間にふわりと儚く溶けてしまいそうで、男ーートラファルガー・ローは、思わず女の後ろから覆い被さるように腕を回した。




「私、夜って好きだわ」


後ろから抱き締められたナミは、視線を暗い海に落としたまま、ぽつりと言った。


「闇がみんな隠してくれるもの」


少し、震えている声。


「太陽の下では、私たちは敵同士…ハートの海賊団の船長と、麦わらの一味の航海士。でも、今は……」


名も無い恋人たちで、いられるから。




そこで漸く、ゆっくり振り返ったナミの顔を見ることが出来た。


太陽の光の下では、生命力をそのまま投影した黄昏色の煌めく髪を持つ女は、今はまるきり違う印象を与えた。
海賊稼業とは縁遠い深窓の令嬢のような白い肌は、闇夜に仄かに浮かび上がり、髪はきらきらと蜂蜜色に輝いている。百人が百人、振り返らずにはいられないその美貌は、月の光の悪戯か、いっそ冷酷にも見える程凛としていた。


昼間は無邪気で快活に笑う少女なのに、今は圧倒的な美しさでこの闇を統べる、女王のようでもあって。
ローは息を呑んで、彼女の言葉の続きを待つことしか出来なかった。




「…雪が降るわ。5分後に」




お互い船に戻った方がいいかもね、そう呟いた唇とは裏腹に、ナミの足は帰ろうという素振りを見せなかった。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ