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□哀しみは鏡に映らない
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鏡は真実しか映さなくても、この部屋は嘘に塗れている。こちらが出口ですよ、この向こうに逃げ場がありますよ、綺麗な顔でそんな妄言を囁く。いざ広がる世界に足を踏み出してみても、本当はただの、小さな、鳥籠。
「なァ、ナミ、簡単な話さ」
ドフラミンゴは未だに荒い息を吐くナミの背中を大きな手でさすった。父が娘を労わるように、優しく。その動作だけ見れば、邪な気配は微塵も無く、ただ慈愛に満ちている。
「支配から逃れたいのなら、」
ーーより大きな存在に、支配されてしまえばいい。
声に宿っていたのは確かな狂気。背中に置かれた手に力が篭って、強く胸にかき抱かれる。
その温もりは、殺したい程憎い男からもたらされたものなのに、どうして。
過去の支配者の笑い声は、そっと鏡の向こうに消えた。
「………ド、フィ……」
ナミを腕にすっぽり収めたドフラミンゴは、片眉を怪訝そうに吊り上げた。頑なに呼ぶのを拒んだその愛称は、そもそもこの部屋に閉じ込めた理由だったから。
「…ここは、さむい、わ」
だから連れ出して。あなたの、傍において。
そう聞こえたのは、間違いだろうか。
「……あァ、上出来だ…」
抱き上げられて連れて行かれる先は、此処よりずっと狂わされる場所だと知っているのに。
ひやりとした無数の鏡は、ドフラミンゴの腕の中で密やかな安堵に溺れた、ナミを何重にも映して。
また、単調な静寂に戻った。
哀しみは鏡に映らない
(喜び方も怒り方も、今はよく、思い出せない)
END