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□哀しみは鏡に映らない
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閉ざされた部屋。
積み上げられた大量の本と紙。
インクの匂いと、血の滲んだペン。


ーシャハハハハ……


耳障りな、支配者の笑い声。






「ーッ!」


嫌な汗にまみれて飛び起きる。


(……また、あの夢…!)


ハァ、ハァ、と荒い息を吐いて、ナミは鼓動の速い胸を押さえた。
ここのところ、続けて昔の夢を見る。もう何年も前、恨みと憎しみとほんの僅かの希望を胸に、歯を食いしばって泥棒稼業を続けていた頃の。


(もう、怖がることなんて、ないのに)


たったひとつ残された希望さえ粉々に打ち砕かれた時、現れた光。太陽のように笑うルフィが、何もかも救ってくれたのだ。必死で守ろうとした故郷だけでなく、偽りに塗れ、いつしか笑うことを忘れていた自分自身も。
彼らとともに過ごす冒険の日々は、悪夢を拭い去ってくれたのだと思っていた。


また、別の悪夢が訪れるまでは。






冷え切った小さな部屋に、ナミは閉じ込められていた。
窓も無い、家具も何も無い。ただ異質なのは、壁と天井一面の、鏡。映るのは、オレンジの髪に白い肌の、虚ろな目をした女だけ。
ーー此処は、”主人”の言いつけに背いた飼い猫の、仕置部屋。


「…もう、いや…」


ナミの呟きが、何も無い部屋を彷徨って、出口を見つけられないまま消える。
仕置きの種類は様々あったが、汚れた自分の姿が何処までも追いかけてくるこの鏡の部屋に閉じ込められるのは、精神的に辛かった。頭がおかしくならないようにぎゅっと目を瞑って耐えていると、疲れた身体はそのうち浅い眠りを繰り返すのだが、その度に夢にうなされて飛び起きるのだ。




「…また、あの夢を見たのか」


いつの間にか、小さな部屋には不釣り合いな大男が、ナミの前に立っていた。
顔を見たくなくて目を背けるが、鳥籠に貼り巡らされた鏡は、何処まで逃げてもドフラミンゴの姿を映す。 その毒々しいコートの色は、乱反射してより存在感を増し、まるで狭い部屋がこの男でいっぱいになってしまったかのような錯覚を覚えさせる。




落ち着き始めていた呼吸が、また、乱れた。
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