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□モノクロの猫
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理性とか信頼とかしがらみだとか、全部海に放り投げて、ただひとつお前を求めた。
飢えた獣と、狩られる猫の、物語。
「やっ…め、トラ、お……」
「何度言えば分かるんだ、おれはそんな名前じゃねェ」
がり、と細い首に牙を突き立てると、女は悲鳴になり損ねた引き攣れた吐息を漏らす。
「あ、ぁ、」
白い肌に血が滲む。
組み敷かれた女の身体に傷をつけるたび、喩えようもない暗い悦びが芯から湧きあがってくる。
春の終わりに、散る花びらを全身で受け止めたかのように。
幾つも幾つも、赤黒い痣になるまで刻み込まれたそれに、キスマークなんて可愛らしい言葉は似合わない。
ただの烙印。堕ちた天使の、背徳の証。
「ほら、呼んでみろよ」
喉元に牙を埋めたまま、声と右手だけは優しさを装って、柔らかな膨らみをなぞる。いつも男を誘うような格好で出歩く女の服はとっくの昔に剥ぎ取られて、中身のない屍のごとく床に散らばっていた。
「…ろ、ぉ……」
「……それでいい」
「っあぁぁ!!」
穏やかな声音に惑わされたか、頸動脈に突きつけられた容赦無い痛みに耐え兼ねたか。微かに聞こえたおれの名に気を良くして、既に何度も欲を吐き出した自身を勢い良く挿し入れた。