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□月が泣いている
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もしやあれは、只のタチの悪い悪夢だったのかと。
一瞬混乱した意識は、手足が動かないという現実に引き戻された。


(……ここは、どこ?)


唯一自由になる首から上で、必死に情報を集める。
まずは、自分の身体。胸から下は布団に覆われ見えないが、大きな傷はなさそうだ。ただ、頭上に纏められるように置かれた手と、寝具に隠されている足が何故動かないのかまでは分からない。
広く、嫌味なまでに豪華に彩られた部屋。天井の大きなシャンデリアも、家具も壁紙も、ちらと見ただけで値の張るものと分かる。
大きな窓が一つ。こちらも絢爛なカーテンを従えた優美な造り。薄いカーテンは引かれているものの、紅い光が満ちた空の様子を伺うことが出来た。
出入り口はどうやら、自分が何人も眠れそうなひどく大きなベッドの足側にあるようだ。
そして慣れた揺れはない。船ではなく、陸地にいるということ。


ここまで知り得た情報を基に、自分だけが攫われてきたらしいと結論付ける。
殺すならあの時、全員を完膚無きまでに潰していただろう。自分一人を残し、皆殺しにしたというのも考え辛い。


ならば、何故。私なのか。
攫われてくるのは美しい者か、価値のある者か、御し易い者かに相場が決まっている。
生憎自分はどれも当て嵌まりそうだ。
けれど、七武海にとって、何の価値があるだろう。攻撃力も懸賞金も高くない、まして、目障りなルーキーの仲間なのに。
もしも最も御し易いと思われて交渉の材料に連れて来られたのならお門違いだ。日頃権力とお金には弱いが、仲間を売るくらいならば死んだ方がましなのだから。


気丈にもそう強く思ったナミだったが、カツ、カツ、カツ……と近づいてくる足音に気付くと、一気に青褪めた。ぞくり、と肌が粟立つ。
それは明らかにナミのいる部屋の前で止まり、一呼吸置いた後に、扉が重々しく開く音がした。


「フッフッフ、お目覚めかな。泥棒猫」


ひっ、と喉から音が漏れる。実際に対峙すると、ガクガクと身体の震えが収まらない。攻撃的な覇気を放たれている訳でもないのに、怖い、逃げたい、と、身体中の細胞がわめく。
先程まで自分を守るように立ち塞がっていた仲間たちは、今はいないのだ。


「何も殺しゃしねェよ。おれァいい女には優しいんだぜ?」
「……っ、ここは、どこなの?仲間をどうしたの?……あんたの目的は、」
「怯えてんのかと思ったら結構口が回るじゃねェか」


それ以上は耳まで裂けてしまうのではないか、と思わせる程に口を愉快気に歪ませて、男はゆっくりとベッドに縫い止められたままのナミに近付く。


「毛並みの綺麗なだけじゃねェ、強気で生意気な猫だな。フッフッ!見てくれも中身も申し分ねェ、おまけに雲を創れるときた」


おれを導く猫。
そう囁かれたナミは、言葉の真意を読み取ろうと瞳を見るが、奇妙な造形のサングラスに阻まれる。相変わらず激しく騒ぐ心臓をなんとか宥め、男を鋭く睨みつける。


「私が導くのは……麦わらの一味だけよ」


とっくに限界を迎えていたかと思われたその唇を更に縦横に裂き、ドフラミンゴは耳障りな大声で笑った。


「フッフッフッ!ここまできて、まだおれにそんな口を聞けるとはな!質問に答えてやろう。ここはお前らが目指していたドレスローザ、おれの王宮だ。あいつらには多少傷はつけたが、殺しちゃいねェ。当初はお前ら全員嬲り殺す予定だったが……目的が変わった。お前を今から、おれの女にしてやる」
「ーー!いやあぁぁっ!!」


勢いよくはだけられた布団の下、自分が布切れ一枚さえも身に着けていなかったことに、今更ながらナミは気付いた。
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