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□月が泣いている
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どうして、こんなことになったのかーー。


霞みがかった意識の中で、ナミは考えていた。
錠に囚われた訳ではないのに、動かない手首。下腹部の鈍い痛み。汗で冷えた身体。皺だらけで湿っていても、素材が最高級品であることが分かる、柔らかなシーツ。その全てが、数刻前の悪夢を呼び起こす。




パンクハザードを発ち、七武海との対決を控え、気合を入れ直していた矢先のこと。突如船に降り立った桃色の悪夢は、一味を絶望の淵に陥れるに足る力の持ち主だった。


「フッフッフッ!同盟は破棄か?お互いこんなに役に立たないんじゃなあ」
「ドフラミンゴ……!なぜ、ここに……!?」


訳も分からぬままに踊らされ、一味は皆傷を負っていた。肩で息つく面々を見やり、どうやってか空に浮いている巨躯の男は、大きく口を歪ませた。


「わざわざドレスローザから遊びに来たんだ。お前らの来る手間を省いてやったんだから、感謝して欲しいくらいなんだがな」


そう言うと、纏わせていたどこか楽しげな雰囲気が一転、総毛立つような凍てつく覇気が放たれた。


「此処で殺すか?なァ、ロー、麦わらァ……!」
「”夜叉鴉”!!」


狙いを二人に定めようかという一瞬の隙をついて、刀を交差させゾロが跳ぶ。


「く、喰らえ”火薬星”!!」


突っ込んで来た剣士の技をあっさり見切り、大して殺傷能力もあると思えぬウソップのそれを、軽い身のこなしで躱す。
火薬の煙の陰から飛び出た燃える黒脚が、ドフラミンゴ目掛けて襲い来る。自分と同じように空を飛ぶ、どうやら能力者ではないらしい生身の男を、ドフラミンゴは興味深げに見やった。


「だが、まだ……足りねェ」
「ぐぅッ!!」


クルーたちに容赦なく降りかかる糸の雨。誰のものかも分からぬ血飛沫。
一味は皆、満身創痍。しかし臨戦態勢は変わらない。そして、庇われるように後方にいたナミが震える手でクリマタクトを握り締めた時、死を待つばかりの一味の運命は変わったのだ。


「”サンダーボルト=テンポ”‼」


非戦闘員にも見える少女が放った一撃は、少なからずドフラミンゴに衝撃を与えた。もっとも男の身体に、擦り傷一つ負わすことは出来なかったが。


「フッフッ……フッフッフッ!!雷雲とはな……!」


高らかに笑いながら、その攻撃を放った本人に視線を向ける。ナミはその視線と同時に、強烈で凶悪な覇気を浴び、他のクルーたちと同じように地に膝をついた。
辛うじて倒れずとも、一瞬動きを止められたルフィやローが瞬きの後に見たものは、ドフラミンゴの腕に囚われた航海士の姿。


「ミンゴォ!ナミを返せ!!」
「フッフッフッ、気が変わった。お前らは泥棒猫に感謝するといい……」


気を失ったナミの髪を弄ぶようにしながら、麦わらの一味を糸で縫い止める。


「この女は貰っていく……お前らの生命の代わりにな」
「ナミーー!!」


悲痛な叫びが空に木霊する。ルフィたちの身体が自由になった時には、もう桃色の羽根も、その腕に抱えられたオレンジの髪の航海士も、遠く雲の彼方に消えていた。
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