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□瞳に、溺れる
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ぱらり。
刺青に彩られた指が医学書をめくる。
自分の専門は外科だが、トニー屋は薬学に長けているようだ。珍しい薬の調合法を見つけ、興味深く頁を読み進める。
今後待ち受ける七武海との激突、更には四皇との決戦。同盟を結んだ麦わらの一味は、海賊としてはどうも純粋すぎて調子が狂うが、しばらくは仲間だ。医術を学んだクルーの乗る自らの船の為にも、船医が一人しかいない麦わらの船の為にも、知識は少しでも多い方がいい。


医学書の中程まで読み進めたところで、医務室に籠るローの耳が、外から聞こえた悲鳴をとらえた。
女の声。戯れで出された声色でなく、本能的に危険を察知した時の、短く響く悲鳴。
それが太陽の光を集めたような髪を持つ、この船の航海士の声だと確信したのと同時に、本を机に投げ出して甲板に飛び出した。




「チョッパー!逃げて!!」


青く光る鱗と、白い鋭利な牙を持った海獣は、その鎌首を大きくもたげて、今にもトナカイに襲いかかろうとしている。突然のことにチョッパーの反応が遅れる。応戦しようにもここは海の上、幾ら波が穏やかとはいえ自由には動けず、また能力も使うことが出来ないのだ。
咄嗟にナミはチョッパーを庇った。白い肩口に、海獣の牙がかする。鮮やかな血が飛んだ。


「ナミ!」


海獣は体勢を立て直し、再び襲い掛からんとする。武器はない。逃げるしかない。とにかくチョッパーを、浮き輪から外れれば水底に沈んでしまう彼を、少しでも船の方へと押しやる。


「逃げて!船へ!!」


痛む傷口は深くはないが、塩水に浸かってまるで大量に血が出ているような錯覚を覚える。薄く赤が広がる海面で、次に来るであろう衝撃に、思わずナミは目を瞑った。




「”ROOM”」


ブウン、と音を立てたサークル状の空間は、正確に海獣を包み、それを切り刻んだ。


「トラ男君…!」


ほっとして身体の力が抜けたのと、ばらばらになった海獣の体が海に落ち、激しい衝撃が生まれたのと、それにより生じた海の揺らぎの中にナミが囚われたのと、全ては息もつかぬひと時の中のことだった。


「っ、ナミ屋!」
「ナミー!!」


生じた波で丁度船に押し戻される格好となったトナカイを拾い上げ、すぐさま海獣の体が沈みゆく水面に目を向けると、もう太陽の光を湛えた髪の色を見つけることは出来なかった。
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