Book2

□シーブルーカルセドニー
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「別に、おれの夢は叶わなくてもいいのさ」


皆の夢が叶うなら、ね。
そう付け加えてニッと笑ったサンジ君に怒鳴りつけたい気持ちを、お茶といっしょになんとか流し込んだ。カモミールとハイビスカスをブレンドした、サンジ君特製ハーブティ。華やかな花と林檎のような甘い香りに包まれて、すぐに心も落ち着く、はず。


たとえば誰かひとりの命を差し出せば、他の皆が守られるとして、彼は何の躊躇いもなく自分の命を捨てられる男だと知ってしまったから、そんな軽口が本当になってしまいそうで怖い。


「ルフィは放っといても海賊王になっちまいそうだし、ロビンちゃんは必ず空白の歴史の謎を解き明かす。ウソップはもう、勇敢なる海の戦士だし、チョッパーは何でも治せる世界一の医者になれる。ブルックはラブーンにまた会えるし、フランキーの作ったこの船は世界の果てに辿り着く。マリモは……悔しいが、世界一の剣豪になるんだろうな。まあ世界一の剣豪がイコール世界一強いってわけじゃねェから、おれに勝てるかはわかんねェけど」


冗談交じりに仲間の夢を語る瞳が一瞬意味ありげに揺らめいて、また緩やかに細められる。


「……オールブルーがただの伝説だったとしても、『海賊王専属の料理人』っつー肩書きは、夢としては十分すぎるくらいだな」




料理をする彼が好きだ。
食材を選ぶ真剣な表情も、包丁を持つ骨細の指も、厨房の熱を受け浮かんだ額の汗すらも。いつも口元にある煙草は、ともすれば人間離れし過ぎて暴れ出しそうな味覚や嗅覚に首輪をして、抑えるためにあるのでは、なんて。馬鹿げた空想すらしてしまう。
何をもって世界一の料理人と位置付けるのかは分からない。でももし、海賊王、それから世界一の剣豪や世界一の医者や世界一の嘘つきたちの料理人をつとめるならば、もうその称号を与えてもいいでしょう?
私たちは、彼が作った料理で命をかたどっている。彼が私たちを作り上げている、とも言える。


食後の後片付けが済んで、キュ、と蛇口が捻られた後は何の音もなく、綺麗に拭かれて片付けられるのを待つ食器と、ハーブの香りがあるばかり。


「何しろ他の皆の具体的な目標と違って、おれのは文字通り夢物語だかンなァ」
「……ねェ、やっぱりハーブティだけじゃ眠れないわ」


お喋りコックを黙らせるには、とびきり上等な食材か、あるいはそれ以上のキスを。
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