Book2

□プレゼントを、君に ヴィンスモークver.
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花がいい、と薔薇色の唇が言った。


「……でも、そんなの。すぐに枯れてしまうわ」
「それでもいいの。起きたら部屋中が花で埋もれてるって、女の子なら一度は夢に見るでしょう?」


頑なだった蕾が綻ぶがごとく、花の化身がふわりと笑う。濡れたチャイニーズラッカーにサンセット・スカイ、あるいは瑞々しいゴールデンオレンジを色の花びらのように重ねて、きらきらと煌めく髪がレイジュの目を奪う。


「レイジュが丹精込めて育てたお花に囲まれて目を覚ますなんて、とっても素敵だと思わない?」


ロマンス小説を地で行く乙女のおねだりに、レイジュは困って首を振った。
確かに自分の城の中庭には、家族も知らない秘密の温室がある。高い科学力を誇る国に反発するかのように、遺伝子操作も品種改良もなく、ただただ自然に任せてレイジュが育てている花だ。どれもこれも競って美しい花を咲かせるが、何の因果か毒を持つものばかり育ち、他は呆気なく枯れてしまう。
毒を隠し持つ花に囲まれたお姫様、それを掻き分けて迎えに行けるのは毒に耐性のある自分だけ。なかなかに王道路線だが些か倒錯的な香りがしないでもない。


「いっそ毒花で覆ってしまえば、私はもうこの部屋から出られないかもしれないわよ」


考えを読まれたのか、ナミが悪戯っぽくそう言って目を細めた。開け放した窓から差し込む午後の陽光が、その髪を眩しく照らす。より輝きを増したカナリートルマリンが右目を隠す様子は誰かに似ていて、過去の記憶に鉤針を掛けて引きずり出す。
心はやわらかく傷つきやすいまま何でもない顔をして、身体ばかり堅牢になったレイジュに、心に外骨格などないと気付かせてくれた少女は、少し爪を立てただけで紅い跡の残る肌を持っている。


「そんなプレゼントをあなたが望む?猫は束縛を嫌うものでしょう」
「理解があって助かるわ」
「私だけの猫でいてくれるなら、それが一番いいのだけど。それとも、弟たちの誰かと結婚でもしてくれる?」
「やぁよ」


くすくす笑いに一蹴されたのはレイジュの切なる願いだが、否定の言葉はどちらにかかるものなのか。
どうせなら本当に、甘い毒花で檻を作って閉じ込めてしまえば、薔薇色の唇を奪う口実になるかもしれない。そんなことを思いながらレイジュが手を伸ばすと、長い髪は意志を持った猫のしっぽのように、吹き込んだ風に乗って逃げた。
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