Book2

□鏡映反転
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「何故自分を人質にしないのか、とでも言いたげだな」


ほかほかと湯気を立てる豪勢な食事と、眼光鋭くこちらを見下ろす男を交互に見比べていたナミは、思わず眉を顰めた。どうもこの男は苦手だ。毎回言いたいことを読まれている。


「ルフィはまだ捕まらないんでしょ?サンジ君に下手に事が伝われば、大人しく新郎の立場に甘んじてはいないでしょうから、彼には人質の価値がない。出て来なければ航海士の首が飛ぶ、とでも言えば簡単なのに、そうしないのは何故?」
「……お前が何処まで勘付いているかは分からんが」


首から口元をすっぽり覆い隠したマフラーの下で溜め息を吐きながら、カタクリは慎重に言葉を選ぶ。


「こちらがお前の名を出さない以上、向こうはおそらくお前も上手く逃げおおせて、合流の時を待っているものと考えているのだろうな」
「いや、だから」
「そうだ。我々がその手を使わないのは、『人質がいない』からだ。こちら側ではお前はもう死んだことになっている」
「え……?」
「家族を騙している、と言えば聞こえが悪いが、……おれは、人質を取るというやり方は好まないのでな。やるからには正々堂々とやりたい。可笑しいか」


海賊なのにな、とカタクリは独り言ちて、かすかに笑ったようだった。


「それに、おれは妹の友人を殺したくはない」


まるで至極真っ当な人間のようなことをさらりと言うので、ナミは驚いた。自分が属している組織も固定概念からびよんとはみ出た連中の集まりだとは思っていたけれど、陰謀渦巻く海賊のお茶会で、まさかそんな良心に出会うとは。
けれど。


「冷めるぞ。ここに来てから何も食べていないだろう」
「……毒でも入ってるんじゃないかと疑うのが普通でしょ」


正直そろそろ限界である。それでなくてもこの部屋は美味しそうなお菓子のモチーフに溢れていて、空腹中枢を逆撫でするのだ。いざ逃亡という段で腹ぺこで動けなくなるのは困るが、かといって渡されたものをそのまま信じて飲み込んでよいものか、未だ決心がつきかねていた。


「あんたが食べてみてよ」


人質らしからぬ横柄な台詞を吐いてみれば、カタクリはう、と明らかな狼狽を見せた。何がしか仕込んでいたにしてはあまりに粗末なリアクションで、ナミは逆に首を傾げる。


「…………後悔するぞ」


その言葉の意味を理解する前に、カタクリが動いた。
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