Book2

□アングレカム
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「じゃあな、ちゃんと鍵閉めろよ」
「…上がっていけばいいのに」


男は狼なのよ。
あんた顔は可愛いんだから気をつけなさいと、幼い頃から耳タコの母の教え。
なのにこの人だけは、どんなに水を向けても草食系男子のままだ。ひつじを思わせるほわほわとした金髪の下、年上の恋人は困ったように笑った。


「…まだ、な。家族にも紹介してねェうちからそういうことは」
「ロシーって変なとこ律儀ね。普段ドジなのに」
「ドジは関係ねェだろ!!……ナミと、ずっと一緒にいてェから…大切に思ってるから」


照れ臭い台詞に自分でも恥ずかしくなったのか、ロシナンテは真っ赤な顔をぶんぶんと振って、その勢いのままナミの唇にかぶりついた。後頭部を大きな手で包み込まれ、ゆっくり挿し入れられた舌がそっと歯茎を撫でて、やわらかに絡み合う。身体の奥に溜まった澱みを引き上げて、何か綺麗なものに浄化してしまうような、くすぐったくてあたたかなキス。


「……おやすみ、ナミ」
「ん、おやすみ…」


今夜もひつじの皮は剥がれずに、続きを期待させるリップ音だけ響かせて、ロシナンテは来た道を戻って行く。一度振り返ると、大きく手を振って、派手に電信柱にぶつかった。ナミが笑うとバツの悪そうな顔をして、早く入れ、とジェスチャーをした。




出会いは半年ほど前だった。
母と姉が営む小さなカフェはみかんを使ったスイーツが評判で、平日は主婦、土日はカップルや家族連れで賑わう。たまたまナミが手伝いに来ていた土曜日の午後、長い手足を高級そうなスーツに詰め込んでカウンターに腰掛けたその青年は、完全にいつもの客層から浮いていた。


「うわっちっ!!!」
「だ、大丈夫ですか!?」


頼んだダージリンに口を付けた途端に噴き出した青年に、ナミは慌てておしぼりをひと掴み持って行った。


「火傷しませんでした?」
「ああ、ありがとう…火傷は大丈夫、慣れてるから」
「(慣れてる?)…でも、高そうな服が染みになっちゃうわ。お時間あります?上着を脱いで、応急処置しますから」


仕立ての良いスーツ、袖口から覗く高級ブランドの腕時計、ぴかぴかに磨かれた革靴。そういうものをついでにチェックしたのは否定出来ないけれど、大きな男性が恥ずかしそうにちぢこまった姿に親しみを覚えて、ナミは思わずそんなことを口にしたのだった。
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