Book2

□リコリス
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「なァ、また見てたろ」


不機嫌な舌打ちが飛んで来る。いわれの無いいちゃもんも、猛獣の扱いも慣れっこだけれど、無視を決め込めば厄介なことになるのは分かり切っているので、ナミは渋々振り向いた。ただでさえ剣呑な目付きが、さらに凶悪さを増して真っ直ぐ突き刺さる。


「なんのこと?」
「とぼけンな。”麦わら”だ」


こうなってしまえばもう収まらないのは明白だから、諦めて書きかけの海図を丁寧に仕舞う。そうして男の膝に登れば、幾分か機嫌を直したキッドが金属音を響かせて、左手で身体を包み込んでくる。反対の手を掴んで、そこにすり寄るように唇を落とすと、ちょっと露骨過ぎただろうか、また気配が不穏なものになってしまった。


「誤魔化すんじゃねェ。見てただろ」
「キッドが心配するようなことじゃないわ。ただ、興味深いと思っただけで」


この広い海で遭遇するのは何度目か、あの麦わらの男。私とそう歳も変わらないだろうに、あの無邪気さで海賊稼業が成り立つのだろうか。実際興味を惹かれるのはその破天荒さや天真爛漫な所より、彼の奥にある底知れぬ『なにか』なのだけれど、それをキッドに訴えたところで事態は悪化するばかりだ。


男として見ていたのでは断じて無い、と何度目かの押し問答の末、結局ベッドの上に転がされる。逆立った曼珠沙華のような髪が移動するたび、白い肌に同じく紅い花が咲いていく。なるほど有毒のそれは、皮膚から浸透し神経を侵し、脳の中まで真っ赤に染めてしまうのだろう。キッドの望み通りに。


「………殺してやろうか」
「”麦わら”を?それとも、わたし?」


どっちだって容易いくせに、子供のような我儘は実現されないまま。
大切にしたいものはただ腕を伸ばして抱き締めてあげればいいの、その血の通った右手で。うっかり加減を間違えてばかりの左手ではなくて。唇を優しく触れ合わせるのがキスなの。牙を立てて血を啜ることじゃなくて。


短気で凶暴で残忍で、海賊のお手本みたいなあんたの。辿って来た血塗られた道が、その髪の色みたいで綺麗だと思う私も、十分イカれてるんだろうけど。




それでも、私をこの世の果てまで連れて行ってくれるのは、あんただけでしょう?


地獄にだって花は咲く。何処までも共に行くと、誓ったのだから。





リコリス
(想うはあなたひとり)





END
 

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