Book2
□ユリ
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華やかな喧騒が治まると、そこには高級ホテルのラウンジらしい、心地よい静寂が残った。
改めてレイリーの姿を見る。人当たりの良さそうな老いた男。コーヒーカップを傾ける口元に浮かんだ笑み、優しげに細められた瞳。その中に一閃、猛獣のような鋭さに、誰も気付かない。
「ねぇレイさん」
「なんだいナミちゃん」
「私が百合なら、レイさんはあと、牡丹だけ手に入れればいいわね」
瞬きの間に、瞳の奥に棲む冥府の獣は眠りにつく。代わりに目に入れても痛くない、よちよち歩きの孫でも見るような顔で、話の先を促された。
「立てば芍薬座れば牡丹、歩く姿は百合の花って言うじゃない」
「うん?」
「レイさんはもうシャクヤクとユリは手に入れたんだから、後はボタンだけよ」
「……ハハハ!両手に花どころじゃないな!老兵は身がもたんよ」
年齢が離れ過ぎているのは分かっているし、もとよりシャッキーとライバル対決をするつもりもないけれど。
「………こんな老いぼれの傍では、折角の美しい花が枯れてしまう。私は日陰者だからね」
やんわりと、幼い恋心を突き放す。どれだけ甘やかされたところで、この想いは憧れ以上の名前を名乗らせてはもらえない。
背伸びしてつけたルージュはもう剥げかけている。似合わないそれをナプキンでそっと拭うと、うんとお行儀悪く、ずずず、とストローを鳴らしてコップを空にした。
「ねぇレイさん、やっぱりこのケーキ頼んでもいい?」
「勿論だとも」
どこの誰にも、この幸福なティータイムを邪魔させやしない。
最愛の女になれなくったって、いっとう可愛い仔猫になることは出来るのだ。
ユリ
(純粋/無垢)
END