Book2

□拾弐、青い月の夜に
1ページ/1ページ

「この村に伝わる子守唄があるだろ?」


行儀悪く湯呑みをゆらゆら揺らしながら、妖狐が口を挟みました。お茶を振る舞った覚えはありません。鬼が話している間、勝手に淹れて飲んでいたようです。烏天狗にいたっては持参のお茶菓子まで広げています。


「あれに出てくるの、おれたちだぜ。本当はその伝承に加えて、十六になったお前を迎えに行くって内容だったんだが、肝心なところがいつの間にか消えちまって、当たり障り無い子守唄になった」


そう言われてみれば、あの唄には確かに『てんぐかおにかきつねさん』というくだりがありました。てっきり、悪い子は妖怪に連れて行かれるという教訓めいた歌詞だと思っていたのですが。


「さて、話は終わりだ。目覚めた以上、お前はここにはいられない。どのみち人間どもに未練も無かろう?」


呑気に茶なんぞ飲んでる場合か、と二人から勧められた湯呑みをうるさそうに振り払うと、鬼は娘の腕を掴んで立たせました。


「ま、待って!伝承とやらは分かったけど、あんたたちが私を連れて行く理由が分からないわよ!!」
「言っただろう?お前は守り神となる存在だと」


生来が勝気な性分です。年上、格上の相手にずっとわきまえていた礼儀は、再びの窮地の前に遂にすっ飛んでしまいました。それに気を悪くするどころか、妖たちは面白そうに喋ります。


「だが、我等とてまがりなりにもこの土地を守っておる」
「そして今更その地位を降りる理由もねェ。それでなくとも三人で争っているってのに」
「ならば話はひとつ、という訳だ」
「……………まさか」


娘の顔色はみるみる悪くなりました。
普通に考えて守り神などひとりで十分、その座を争うところに更に競合相手が出現したら、まず弱い者から潰すでしょう。ほぼ人間である娘に、勝ち目などあろう筈もありません。
短い人生だった……
娘が世を儚んで、思わずがっくり膝をつきますと。


三者三様、姿も性格も全く異なる妖たちは、こんな時ばかり声を揃えて笑いました。




「「「ようこそ、我が花嫁殿」」」




よく晴れた夜でした。冴え冴えと青い月が、零れ落ちそうな夜でした。
 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ