Book2

□拾壱、赤橙の仙狸
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目をつむっていたのは、それほど長い間のことではなかったように思います。


「久しぶりだなァ、鬼ちゃん。抜け駆けは感心しないねェ」
「ーーー静まれ、弱き者たちよ」


聞き覚えのある声におそるおそる目を開くと、そこにはにやにや笑いを浮かべる妖狐と、背に刀を納める烏天狗の姿がありました。あれほど大量にいたちいさな物の怪たちは、影も形もありません。


「……クハハハ!名を授けたか、この娘に!!気付いていないのかと思ったぜ」
「伝承通りならば、まず他の輩に奪われる前に守ってやらねばならんからな」
「………あ、の。なんなんですか、その伝承、って」


鬼は口元を歪めると、咥えた筒状のなにかから囲炉裏に灰を落とし、いちだんと低い声で話始めました。


「…昔、ずっと昔、おれたちが生まれるより前の話だ。この土地を治めていたのは仙狸だった」
「せんり?」
「簡単に言やァ猫の妖怪さ。猫又とか、化け猫とか、そういう」


聞き慣れぬ名前に首を傾げた娘に、妖狐が補足しました。


「美しい赤橙色の毛並みをしたその仙狸の姫は、永くこの山を守ってきた。ところがある時、里の若い人間と恋に落ち、そして程無く子をなした」
「それを知った人間どもは守り神と崇めていた仙狸に手のひらを返して、人間を誑かす妖として追い立てた。相手の男が里の長の息子だったからだ。仙狸は人間に復讐する道を選ばず、追われるまま海へ渡ったという」
「仙狸の血を引く子供は、災いをもたらさないよう、村の外れで生かさず殺さず育てられた。子孫は代々仙狸と同じ赤橙色の髪の美しい娘だったが、皆普通の人間で、これといって変わったところは無かった。守り神を失い荒れたこの土地をおれたちが代わって治めるようになった頃には、妖の間に、もうこんな噂が存在したのさ」
「いつかひときわ美しい、夕焼けの髪の娘が生まれる。仙狸の姫の力を継いで、十六の誕生日に真に目覚めたその娘こそ、再びこの土地を守る神となる」




ーーそれが自分のことだと、どう信じたらいいのでしょう。
確かに空を読む力はありましたが、それ以外はいたって普通の身の上だと信じていた娘には、鬼の話はまるで絵空事、現実味無く耳を通り抜けたのです。
 

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