Book2

□拾、夕焼けの妖が牙剥く前に
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どうしてですか。


と訊きたかったのですが、なにぶん首にはまだ鉤爪が絡み付いております。娘が声も発せず、困惑の表情を浮かべたのを見て、鬼は不敵に笑いました。


「何も知らないんだな、自分のことを」


そこでようやく鉤爪が外され、娘が腰を抜かすように座り込むと、鬼の手によって家の扉が開かれました。


「!!!」


娘の目に飛び込んで来たのは、異様な光景でした。
おびただしい数のちいさななにかが、家の前でうごめきざわめいているのです。よく目を凝らしてみると、それらはけむくじゃらだったり、人のような形をしていたり、半透明だったり、すこし浮かんでいたり、色々な特徴がありましたが、とにかくどう考えても異形のものたちでした。共通点と言えば、そのどれもが夕焼け色にぼんやりと光っていたこと。
丁度、娘の髪の色のように。


「魑魅魍魎どもが、お前の妖気にあてられて集まって来たのさ。これからもっと増えるぞ」
「……そんな、わ、わたしの、……?」
「気付かなかったか?覚醒したばかりでまだ眠っていた妖気は、まず鼻の利く妖狐や烏天狗を引き寄せた。奴らの妖気に影響されて、お前のそれもどんどん強くなってる。だからこんな低俗な妖どもが、喜んで溢れ出てきた訳だ」


鬱陶しい、とばかりに鬼が手を払うと、きいきいと騒いでいたひとかたまりの妖が、ぎゃっと一声高く鳴いて消えてしまいました。それでも空いた空間に、また次の妖が入り込んで来て、確かにどんどん増えているように見えます。


「さあ、早く立て。いちいち消してたらキリが無い、行くぞ」
「ま、待って下さい!どういうことですか!?なんで、こんな…!私は、一体……?」
「説明は後だ、まだお前にはこいつらの制御が出来ないだろう。お前がここにいればいるだけ、間違いなくこいつらはこの村に害を及ぼすぞ」
「………!」


再び首に鉤爪を引っ掛けられた娘は、激しく混乱しておりました。


怖い。
このひとに着いていくのは、怖い。
けれど、あの物の怪たちをどうにかする術もない。
まして、あれらが本当に村に災いをもたらすとしたら…!


そこで娘は、藁にもすがる思いで呼んだのです。
あの、二人の名前を。
 

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