Book2

□ヒイラギ
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「………チクチクするわ」


獰猛な金の瞳は閉ざされ、男は微動だにしない。倍以上も年の離れた恋人の、少し咎めるような言葉には同時に甘えた響きが多分に含まれていることが分かるので、そのままにしておく。




「ねえ、くすぐったいったら……もう、ミホーク!」
「すまん」


女の機嫌は新世界の天候より手強い。ミホークは生まれた台風の卵が勢力をつけて強くなる前に、素直に謝ることにした。それでも、まるで守るように抱きかかえた恋人を離したりはせず、己の髭が彼女の柔らかな肌を傷付けないように少し位置をずらした。ただでさえ短い夜、そんなくだらない理由で逢瀬を終わらせられてはたまらない。


「ふふ」


気まぐれな猫は男の上で艶やかに笑う。オレンジの髪が剥き出しの肌を優しく刺激して、くすぐったいのはお互い様だと思うが、賢明な男はそれを口に出したりはしない。


「……なにがおかしい?」
「ううん、私、守られてるなあって……なんだか、この腕の中にいれば、怖いことなんかひとつも無いような気がして……」


……………可愛いことを言う。


思わず、抱き締めていた腕に力が篭った。
弱く、儚き者。庇護してやらねばならない存在。そうかと思えばその瞳に夕焼けに燃える髪と同じ強い輝きを宿して、格上の敵にも怯まず戦う。仲間を想えば、いくらでも強くなる。
そういう感情を、ミホークは知らない。大抵のことは一人で切り抜けたし、それだけの強さが彼にはあった。
だから、相反する魅力を持つ魔女に、世界最強の剣士といえども呆気なく陥落したのだ。これほどまでに弱く、強く、美しいものに惹かれぬというなら、それはもう愚かなこと。


「ねえ」
「なんだ」
「世界最強の男にも、怖いことってあるの?……たとえば、若くて可愛い恋人が、今にも腕からすり抜けて消えてしまいそうだとか」


だから、こうして抱いているのだ。


そう言えば、いたずらにこちらを見上げてくる瞳は、驚きに見開かれるのだろうか。それとも、愉快げに細められるだろうか。
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