Book2

□五、その剣士、若草頭
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「……………はぁ」


何度目の溜め息でしょうか。娘は一人崖の上、どんより曇った空と同じように、沈んだ顔をしておりました。




事の発端はこうです。
娘は可愛らしい使い魔と、順調に山道を下っておりました。真っ直ぐ最短距離で、とはいきませんでしたが、子狐たちはなるべく娘が歩きやすいような所を選んでくれましたので、時間はかかれどそんなに苦労は無かったのです。


「ナミはにんげんなの?私たちといっしょなの?」
「わかさまが気に入ったくらいだから、ナミもきっとおれたちの仲間になるだすやん!」


答えに窮するようなことばかり聞く子狐たちでしたが、どうやら親玉の妖狐に気に入られたらしい娘には警戒心を微塵も見せず、はしゃぐように進んでいたのです。それがいけなかったのでしょうか。


不意に二匹が鼻をひくつかせて、怯えたように立ち止まったので、娘も足を止めました。


「……にんげんがいる」
「にんげんに会ったらだめだって、わかさま言ってた」
「に〜ん、ナミ、あとは真っ直ぐ進むだけだすやん!」
「ごめんね、またあそんでね!」


ぱっと子狐たちが消えたのと、藪の向こうからがさ、と、青年が現れたのはほぼ同時でした。


「…なんだ?話し声が聞こえたと思ったが、お前一人か?」


急に置き去りにされて見知らぬ青年と二人きりになった娘は、すこし青褪めながらもそうよ、と返しました。娘の村の者ではないのでしょう、春先に芽吹いた草木のような髪の色の男は腰に三本も刀を引っ提げて、おかしいなこっちだと思ったんだがな、と呟きました。


「あー、時にお前、デカい黒刀背負った剣士を見かけなかったか?」
「……剣士?」


聞けばその青年、世界一の剣豪を夢見る駆け出し剣士だそうで、この山に住まう大剣豪と是非手合わせ願いたいと、遥々やって来たとのことでした。娘はふもとの里に住んでいるがそんなひとの話は聞いたことが無い、と言うと、明らかに落胆の表情を見せたのですが。


「ああ、おれは今こっちから登って来たんだが、女の足にゃ険しいだろう。あっちから回った方が安全だし近道だぞ」


ぶっきらぼうなその口調に彼の優しさが垣間見えましたので、娘は礼を言って、示された迂回路を進んだのです。
その結果が。


「…………迷子だわ」
 

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