Book2

□四、あかがね色の使い魔
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数年ぶりに感じるひとのぬくもりは、娘のさみしい心を癒し、やすらかな眠りを届けるーー筈もありませんでした。
初対面の、自分の倍程もあろうかという体格の良い男のひとに、それも妖狐にです、後ろから抱き締められて、ぐうすか眠れる太い神経の持ち主がいましょうか。それでも娘はたいそう疲れておりましたので、空が白み始める頃には、眠気との闘いに陥落してしまったのでした。


こしょこしょ、と。
ようやく眠りにつけたというのに、さっきから顔の辺りをくすぐるものはなんでしょう。寝ぼけ眼を擦ってみれば、それはやわらかな、山吹色の毛並みでした。ふさふさと誘うように揺れるので、娘は半分眠ったまま、その毛束をぎゅうっと抱き締めてみたのです。すると。


「いてェ」
「っ!?」


け、毛束が喋った。なんてことはありません。娘が掴んだのは、幾本にも枝分かれした、妖狐の尻尾だったのです。


「ご、ごめんなさいっ」


娘は飛び起きました。そもそも乙女の寝顔を尻尾でくすぐる妖狐の方が悪いのですが、謝っておくに越したことはありません。


「里に帰るんだろ?つかお前、よく見たら泥だらけじゃねェか。朝飯の前に湯浴みだ湯浴み」


妖狐は掴まれた尻尾のことなど気にすること無く、今日も機嫌良く笑っておりました。そしてしゅる、と慣れた手付きで娘の服を引っ剥がし、


「ってなにしてるんですか!」
「服着てちゃ入れねェだろーが」


そんなこんなでばたばたと。朝ご飯をいただく頃には、すっかりお天道様は昇りきっておりました。




「わかー」
「わかさまー」
「おう、来たか」


娘が身支度をしていると、何処からか舌足らずな呼び声が聞こえます。妖狐がそれに応えると、あかがね色の幼い子狐が二匹、転がるように飛んで参りました。一匹は太い尾をぐるぐる回し、もう一匹は異様に瞳をきらきらさせて。


「おれは忙しいんでな、コイツらにお前を送らせる」
「任せろだすやんー!」
「わ、私必要とされてる…!」


「ナミ」


ありがとうございました、と丁寧に頭を下げたところで、妖狐が不意に娘を呼び止め、何事か囁きました。


「…昨日は教えなかったが、おれの名前だ。何事かあればすぐ呼べ。おれが助けてやる」


飾り玉の向こうから感じた真剣なまなざしに圧倒され、娘はこくこくと首を縦に振って、その場を後にしたのでした。
 

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