Book2

□参、橙の狐火舞う社
1ページ/1ページ

「あ、あ、あ、あの。あなたは?」
「ひとに名前を聞く時は、まず自分から名乗るモンじゃねェか?」
「…………あの、すみません、助けてもらったのに。……ナミ、と言います」


悲鳴を上げて卒倒してもおかしくない状況で、律儀に名乗った娘にいよいよそのひとの機嫌は良くなったようです。


「フッフッフ!大した娘だ。おれは……そうだなァ、人間は妖狐とか天狐とか化け狐とか、好き勝手呼ぶけどな」


つまるところ彼の正体は狐だと言うのです。ならば耳が生えていても何の問題も無かろうと、娘は納得しました。流石妖の血を引くと噂の娘、なかなかの豪胆ぶりです。


「お前……ほんのすこし、コッチの匂いがするな」


急に耳元ですんと鼻を鳴らされて、娘は身を固くしました。


「なんだってこんな夜更けに、女一人で山奥にいる?こっから先は化け物どもの棲家だぞ」
「……分からないの。薬草を探していたら、勝手に足がどんどん進んで」


不可抗力とはいえ、ひとではないものの領分を侵してしまったことは明らかで、娘は頭を下げました。化け物だという男に、今取って喰われてしまっても仕方の無いことでしたから。
それでも妖狐は特徴的な声で笑うばかりで、羽織を拾うとふわりと立ち上がりました。


「帰るには遅い。今夜は泊まっていけ」


大股で妖狐が歩き出したので、娘も慌てて立ち上がって後を追いました。先程は気付きませんでしたが、妖狐の後ろ姿に耳と同じ色の尻尾が枝分かれして揺れていました。外から見た時はちいさな社だったのに、中はどうしてか広く豪華な造りで、長い廊下をするする二人は進みます。妖狐が通る度に、ほわほわと橙色の狐火が浮かんで、振り返る頃にはまた消えるのでした。


「あの」
「なんだ?」
「ひとり、なの。こんな広いところで、ずっと?」
「ああ、三百年から先は数えるのも面倒臭くてな」
「…さみしくは、ないの」
「妖には妖の付き合いもあるしな」


そう言ったところで開け放たれた襖の向こうに、おおきな妖狐がゆうに三人は並んで眠れるだろう布団が敷いてありました。衣紋掛けに羽織を掛けた妖狐は、ごろりとそこに寝転んで、立ち竦むばかりの娘に眉根を寄せました。


「何をしてる。早く来い」
「わ、わたしの寝床は」
「一人暮らしに余計な寝具があると思うか」
「いや、えと、わたしは、この隅っこで結構ですので」


なんだって先程会ったばかりの、それも妖狐としとねを共にせねばならないのでしょうか。緋色の飾り玉が狐火を映してぎらりと輝き、娘は有無を言わさず、操られるようにして寝所に引っ張り込まれたのでした。
 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ