Book2

□弐、緋と紅と山吹と
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(ここは、どこかしら)


同じひとりぼっちでも、狭いながらも居心地の良い我が家で茶を啜るのと、とっぷり暮れた森の奥で突っ立っているのでは訳が違います。
娘はその身の上ゆえ、甘えたり泣き言を言ったりする性分ではありませんでしたが、この時ばかりは滲み出る涙を堪えるのに必死でした。


ふ、と。
伏せた娘の瞳に、ちろちろと灯りが映り込みました。
勢い良く顔を上げると、先程までただ鬱蒼としていた森の更に奥、ちいさな社が見えたのです。
娘は考えるより先に走り出しました。灯りがあるならひとがいる。ひとがいれば助けてくれるかもしれない、ううん、たとえ親切にしてもらえなくても、夜を明かすなら湿った草の上よりは、人工建造物の側の方が幾分か恐怖も和らぐというものです。


草履の下がでこぼこの山道から石畳に変わる頃、娘の足が止まりました。
目の前に、見たことも無いほどおおきなひとが現れたからです。夜目にも鮮やかな珊瑚色の着流しに、同系色の薄紅の羽織を引っ掛けるという大胆な色合いのそのひとは、丈にして十尺はあろうかという巨躯をすこし屈めて、にたりと嗤ったようでした。


「迷子か?お嬢ちゃん」


山吹色の短髪から覗く、これまた同系色のふさふさの獣耳を目の当たりにした娘は、ひ、と出来損ないの悲鳴を上げて、思わず後ずさろうとしたその足を見事に石畳から踏み外し、そのままひっくり返ったのでした。




再び意識が浮上した時、違和感を覚えたのは。
冷たい石の上に転んだ筈なのに、やわらかな羽根に包まれたかのように心地良かったからです。ぼんやり目を開けると、そのやわらかななにかは見覚えある薄紅色をしておりました。


「お、起きた」
「!!!?」


ひょこりと覗き込んだ影を認識して、娘の意識はまたもや闇に飲まれるところでした。それでもなんとか踏みとどまれたのは、そのひとがーーひとと言っていいのかは微妙なところですがーー緋色の飾り玉のような代物を、目のあたりに嵌めていたのがとても不思議だったからです。元来好奇心の旺盛な娘は、きらきら輝くそれについつい目を奪われてしまいました。


「フフフ!コレが気になるか?」


愉快気にそのひとが笑ったので、娘はたちまち赤くなって、二拍遅れて蒼白になりました。それは勿論、笑うのに合わせてぴこぴこと揺れる獣耳のことを思い出したからなのでした。
 

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