Book2

□壱、夕暮れの髪を持つ娘
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ねんねんねんねこ ねんねこよ
おめめをつぶって ねんねこよ
まあるいつきか そらなきか
ねるこをてらして つれてくよ


ねんねんねんねこ ねんねこよ
おめめをつぶらにゃ ねられんよ
てんぐかおにか きつねさん
なくこをさらって つれてくよ






腰程までわさわさと伸びた草花にすっかり足を取られ、娘は途方に暮れておりました。


日は傾き僅かな名残を残すばかりで、それでなくても薄暗い森にひたひたと宵闇が忍び寄ります。気の早い星々はとうにひとつ、ふたつと姿を見せて、不安そうに木々の隙間から空を見上げる娘に構うこと無く、夜の舞台に向けて身支度を整えるのでした。


(かえら、なくては)


そう思うのに、足は何故か勝手に山の奥へ奥へと進むのです。それも常ならば気をつけて避ける筈の背の高い草花や、ぬかるみなどを一切鑑みることも無く。毎日山に入る娘ですら足を踏み入れたことの無い奥地でしたから、裾野に広がる森の端っこ、それも日の高い時だけしか近付こうとしない村人たちには、一度たりとも汚されたことの無い場所でした。




娘はちいさな村のはずれに、たった一人で暮らしておりました。
むかしここらを荒らした鬼の落とし胤だの、幾代か前に嫁を喰って入れ替わった化け猫の血筋だの、森の妖の化身だの、娘の身の上についてはまことしやかに沢山の噂話が流れました。長老を担い村を取り仕切る老婆以外はその噂話を真に受けて、娘と深く関わろうとはしなかったのです。


事実娘には、不思議な力がありました。娘が口にする、雨の気配や風の向き、日照りが続いたり嵐が来るといった天候に関することは、そのなにもかもが本当になるのです。妖の血を引くとされる娘が生かされているのは、その力が村人たちの役に立つからでした。
恐れられ、避けられる娘は、年の頃十五を数えるばかりの幼さで、秋の夕暮れを写し取ったような絹の髪と、すこしの傷も無い雪肌、血のように紅いくちびるを持っておりました。それは年頃の男たちを容易く狂わせる美貌でしたが、化け物の血の為せる業となれば不気味に思われこそすれ、愛やら恋やらを囁く気概のある者はおりませんでした。


だから娘は、幼い時分に母を喪って以来、ずっとひとりぼっちだったのです。
 

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