Book2

□アンスリウム
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やましい気持ちが全く無かったと言えば、嘘になる。
ドフラミンゴが招集を受け、今夜は帰らないことはファミリーなら誰でも知っていたし、それは即ちナミが一人でいるということに他ならない。主不在の夜を選んでその部屋に行くということは、立派な反逆を意味した。


ぴかぴかに磨かれた真鍮のドアノブに、ローの緊張した面持ちが映り込む。
意外と音も無く開いた扉にほっとして一歩踏み出すと、大人が何人も並んで眠れそうな大きなベッドに不釣り合いな少女の姿を認めて、体温が一度上がった。


心臓が疼く。
足を進める毎に痛い程跳ねるそれは、うるさく音を立てて、眠る少女を起こしてしまうのではないか、と心配になった。また体温が上がる。ベッドに辿り着くまでに少なくとも十歩は歩いたから、計算上は四十七度くらいになっている身体は熱く火照って、緊張の為か喉がからからに乾いている。




ぎし。


スプリングの軋む音にぎょっとする。浅く腰掛けただけで、高価で頑丈なそれが鈍い音を出すとは。まるでベッドが散々『使い込まれている』ことを示すようで、ローは眉間に皺を刻んで不愉快さを表した。


それでも、少女は目を覚まさない。


少女、と呼んで差し支えないだろう。事実ナミはローより六つ下だったし、ドフラミンゴとは親子程に年が離れている。身体だけは充分に成熟しても、心はまだまだ幼い。そのアンバランスさが危うげな魅力となって、色香として解き放たれる。


少女は眠っている。
起こすのは躊躇われた。
誰に邪魔されることも無く眠れる夜は、恐らく彼女にとって貴重だろうから。主の執着の深さが伺える、幾つもの痕が残された肌を無防備に晒して、寝返りを打つことも無く深い眠りにあるナミを、暫くの間ローはじっと見つめていた。


どれ程そうしていただろうか。
不意に、ナミの呼吸が乱れた。閉じた瞼の下の眼球が忙しなく動いて、苦しそうに息をするので、なにか悪い夢に魘されているのだろう。声をかけずにはいられなかった。


「ナミ、」
「…う、ん……」




「……ドフィ………?」


ナミの隣で眠るのは、彼だけ。
だから寝ぼけたナミが、彼の名前を呼ぶのは仕方ないこと。
そもそもローは、今禁忌を犯して、いてはならない場所にいるのだから。


それでも、胸は痛む。
怒りよりも、哀しみと虚無感で。
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