Book2
□ハイドランジア
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ー今日も、彼は帰らない。
泣き出した空を、ナミは窓越しに見上げた。
いつからだろう。彼が息をするように吐き出す愛の言葉が、自分だけに向けられているのか気になるようになったのは。ただの仲間だった彼が、いつも心の何処かに引っ掛かって、まともに視線も合わせられなくなったのは。
互いに想いを打ち明け合った訳では無いから、いつものように夜の街へ繰り出す彼を止める理由などある筈も無く。仕事を放り出して遊び呆けるなら制裁のしようもあるが、彼の仕事はいつも完璧で。
誰より船の為に働く男の息抜きを、どうして邪魔出来ようか。
雨はまだ、止みそうにない。
びしょびしょに濡れた彼が、今日の予定を取り消して此処に戻ってくるなんて、都合の良い夢だ。どうせ適当な安宿にしけ込んで、朝食の支度に間に合う頃帰って来るに違いない。
スーツの上着から、雨と煙草と、甘ったるい香水の匂いを漂わせて。
花瓶に活けられた丸い愛らしい花は、昨日彼がくれたもの。
綺麗だったから、ナミさんに見せたくて、と微笑んで。
水瓶のようなその形と色に、
きっと溜めているのは、涙だと
そう、思った。
ハイドランジア
(移り気/忍耐強い愛情)
END