それでも毒舌芸人が恋人です。
□実は強くて
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ヒロの収録が終わったあと、21時過ぎに外で待ち合わせた。
いつも通り、部屋でもよかったんだけど、たまには外でいいところでお酒を飲んでみたいと、私がぼそっと言ったのを、ヒロは覚えていたらしい。
前、取引先の人に連れてきてもらったホテルのラウンジを訪れた。
到着すると、窓際にヒロがいた。
いつもより正装をしてきてよかった。
「お待たせ。」
ヒロの向かいに座った。
ヒロがにこっと笑う。
「スーツで仕事行ったの?」
ヒロが唯一持ってるカジュアルスーツを着ていた。
「ああ、みんなにこのあとデートだろって言われたわ。」
「いつも緩い格好してるからだよ。」
綺麗な景色見ながら、美味しいお酒を飲んだ私たちは、とっても気分がよくなって、深夜で人もまばらだったから、一駅歩いた。
少しだけ涼しい風が吹いていて、お酒で火照った体には心地よかった。
ヒロはしっかり手を握ってくれた。
たまにはいいね、なんて言いながら歩いていた。
途中で区立公園の前を通った。
そしてヒロが公衆トイレに入って、外で待っていた。
「こんにちは〜!」
そのとき、面倒そうなサラリーマンが近寄ってきた。
30代の酔っ払って顔を真っ赤にした男。
会社の飲み会ではよく感じ。
別に手を上げたりするわけじゃないけどとにかくしつこい。
私は顔を逸らして無視した。
「なんだよー!無視ー?ねえねえ、俺飲み足りないんだけど、お姉さん、一件付き合ってくれない?」
顔の筋肉が完全に緩んでいる彼はどんどん距離を詰めてくる。
「連れがいるんで、無理です。」
「え、男?じゃあ、俺とばっくれればよくね?奢るからさー!」
「結構です。」
私は後ずさるが、彼気にせずに追ってくる。
「わ、お姉さん、いい匂いだね。」
その笑顔はなんとも気色悪かった。
心の中でヒロの名前を呼んだけど、ヒロが出てきたら、さらに面倒な気もする。
「気持ち悪い!早くどっか行って!」
私は男の肩を押し返した。
「うわ、なんだよー危ないじゃん。」
不服そうな顔をした男は急に私と距離を詰めきた。
気付いた時には、男の胸板は目と鼻の先だった。
「お姉さん、よく見たら、すげえ美人だね。」
焦点がずれてる目が私を見下ろして、手首を強く掴んだ。
「やめて!」
私は最大限の力で押し返すがビクともしない。
こうなったらと思い、私は空いた手で彼の顔を思いっきり叩いた。
「ぐはっ!」
不意をつかれた男は横に投げ出され、手首を握っていた手も解かれた。
「おまえ…」
しかし、急に顔を叩かれて怒らない人なんかいるわけなくて、
男は私を睨みつけると、一歩こちらへ踏み出した。
やばい…
「痛えだろ!」
「痛えのはてめえだ!」
その瞬間ヒロの声がして、私に迫っていた男の姿が横に消えた。
そして、ヒロの血相変えた顔と、地面に転んだ男。
「ヒロ…」
「なにすんだっ」
「てめえこそなにしてくれてんだ!!しばくぞ!」
スーツ姿とは似合わない怒号が飛ぶ。
「おまえ…」
男がヒロの顔見てはっとした。
私はまずいと思ってヒロを引きとめようと、その腕を掴んだ。
「おまえは離れてろ。」
「ヒロ、落ち着いて…」
ヒロが私の手を振りほどいた。
「くっそ!」
一発食らわそうと思ったのだろう。
男が立ち向かってきた。
ヒロは私の制止も聞かずに走っていき、男の腹に蹴りを入れた。
すると男はその場を立ち去ったのだった。
「ちょっと、ヒロ、何考えてんの!」
私は男の方を見てたヒロの肩を後ろから掴んだ。
「何考えてんのは、おまえだ!酔っ払いに手出して、逆ギレされて、どうするつもりだったんだ!」
ヒロが勢いよく振り返って、私も両腕を掴んだ。
ヒロが私に大声を出すのは珍しかった。
「ヒロが来たらまずいと思って…」
「大事になると、俺が不利だと思った?」
ヒロが険しい顔をした。
私は頷いた。
「そんなこと気にしなくていいんだよ。目の前でるいが怪我なんかしたら、俺が耐えられねえよ。」
ヒロはそういうと私を抱きしめた。
「もっと頼ってくれよ。絶対に俺が助けてやっから、あんな無茶しないでくれ…」
「ごめん。でも。ヒロ、もう暴力するのはやめて。本当に仕事出来なくなっちゃうから。」
「…確かに、俺も頭に血上ってた。まあ、あんだけ酔ってたら、明日にはうる覚えだよ。」
だといいけど。
「ヒロ、帰ろ。」
私はゆっくり体を話して、ヒロの手を握った。
ヒロが手を握り返す。
「ヒロ、ありがと。」
「まだ一応、るいくらいは守れそうだな。」
「おじさんだけどね。」
「うるさいよ。」
ヒロがくすくすと笑っていた。
横顔を見て、また心がどきどきした。
おわり